「公平だろうと、不公平だろうと、人生は人生」『「その日」の前に』②Sarah
公開日:2020/2/14
『「その日」の前に』は、終末ケアを受ける20人の肖像と直筆の手紙で綴るラスト・インタビュー。特に目立つ人たちではない、多くは数日後にはこの世から去ることになる彼らがカメラにどのような表情を向け、何を話し、書いたか。「死」とはそして「生きること」とは何か。
Sarah
サラ
公平だろうと、不公平だろうと、人生は人生。
起きることもあれば、起きないこともある
最初に病名を聞いたとき、闘おうと思った。負けるものか。
あとどれくらい生きられるかは知らない。
そういうことを考えながら生きるタイプじゃないから。私は頑固よ。最後まで闘うつもり。何があろうと、かならず別の道があるはず。まだすべての道を試したわけじゃないでしょ? 新しい道が見つかるかもしれない。実験台にされることは全然いやじゃない。
でも、諦められるのはいや。
私は家族の中でいつでも世話役だった。高校生のころは祖母の世話をした。
ママが最初にガンになったときも、二度目になったときも、三度目になったときも、学校に通いながら、三年間看護した。
いちばん辛かったのは、自分の娘がガンになったことを知ったママの顔を見ることだった。それを知っても自分には何もできない、ってママはわかっていたから。
私がガンと診断されたとき、義理の姉のガンが再発して、三人いっしょに抗がん剤治療を受けたわ。三人がいっしょに抗がん剤治療を受けるっていうのがどういうことか、うまく説明できない。
私には信じているものがある。それを神様と呼ぶべきか、クリシュナと呼ぶべきか、わからないけど、至上の存在がいることはたしか。
「公平」がどういうことか、私にはさっぱりわからない。公平なんて、なんの意味もない。公平だろうと、不公平だろうと、人生は人生。起きることもあれば、起きないこともある。チャンスを摑むこともあれば、そうでないこともある。
人生は無限じゃない。それは確か。何が起きるか、わからない。
あえて冒険しなくてはならないこともある。
でも私は二十代後半までいっさい冒険をしなかった。そのためにとても損をしたと思う。
とくに人間関係。たいてい学生時代には恋人ができて、ドラマティックな恋愛をするものでしょ? 私にはそれがなかった。いや、似たようなことはあった。
一時期はボーイフレンドがいて、彼のことがとても好きだった。
誰かといて楽しいと思ったのは、そのときが初めて。関係はうまくいっていた。
でも、ファッション専門学校を卒業したとき、ママの勧めで、1カ月間、バックパッカーとしてヨーロッパをあちこち旅した。
帰国したとき、彼は元通りの関係に戻りたいと言ったけど、私はなんだか怖くて、どうしたらいいか、わからなかった。1カ月間いなかったのに、それでも愛していると言ってくれる男性がいる。それをどう受け止めたら良いか、わからなかった。
——―その後、彼とは連絡を取り合っているんですか?
いいえ、ずっと考えていたんだけど。フェイスブックで見つけたけど、彼はもう結婚していたので、彼の生活の邪魔をしたくなかった。「久しぶり! ところで、私、ガンなの」なんて言えない。もう14年も会っていない。
——―人生でいちばん深く愛したのはそのボーイフレンド?
わからない。そうかもしれない。でも、私はそのチャンスをつかもうとしなかった。彼は本当にすばらしい人だった。でも、私はチャンスをつかもうとしなかった。
その後、この年になるまで、私はすべてを自力で学んだ。成功もあれば失敗もあった。
倒れても、まだ立ち上がった。いつでも、なんでも、自分ひとりでやってきた。
両親からいっぱい力をもらったけど、ここ数年は自分自身の中から力を引き出さなくてはならなかった。
とても仲の良い男友だちがいたんだけど、もう付き合えない理由を彼に説明しなくてはならなかった。それはどうしようもなく感情的な出来事だった。
私にとっても、彼にとっても、そしてまわりにいた人たちにとっても。
というのも、彼はほとんど私の家族の一員だったの。
長年のあいだに彼はどうしようもなくいやな人間になっていた。
ひどいことを口にするし、ひとを自分の思い通りにしようとした。
それを自分ではなんとも思っていなかった。20年も友達付き合いしていた人がそうなってしまったのよ。冗談じゃないわ。もう付き合えない。
とくに死が迫っている今のような状況では。
昨日は、自分は明日死ぬだろうと思った。
でも黒人の大統領が誕生するのを見てから死にたい。
友達はたくさんいるわ。
以前は、友人たちが自分にとっていかに大事な存在であるかに気づかなかった。
今は以前よりもずっと大事。みんな、私といっしょに闘ってくれた。
ただ顔を見せてくれるだけでも、心が安まる。
付き合っていながら、その人が真の友だということに、長いこと気づかなかった。
そんなこと、考えもしなかった。
ただ、みんなが世話してくれるのを、漠然と受け止めていた。
これまでずっと、誰かに助けを求めたり、心を開いたりしたことは一度もなかった。
時間はとても大切。そして神様もとても大切。
Sarah’s letter
サラの手紙
家族全員がガンになるなんて、信じられない。その意味がわからない。
でも、きっとこの世界には意味などないのだ。
私はずっと健康だったので、いま、あらゆることにショックを受けている。
手が震えるので、うまく書けない。
サラ
〈展示のご案内〉
「その日」の前に―Right,before I dieー展
場所:渋谷区文化総合センター大和田 2階ギャラリー大和田(東京都渋谷区桜丘町23-21)
期間:2020年2月14日(金)~2月21日(金)10:00~18:00(最終日は14:00まで)
※入場無料