義父の虐待と見て見ぬふりする実母…大人になっても続くトラウマと闘う「虐待サバイバー」の手記

社会

公開日:2020/2/13

『わたし、虐待サバイバー』(羽馬千恵/ブックマン社)

 児童虐待は子どもに関する問題だと思っているかもしれないが、大人の問題でもある。なぜなら、子どもの頃に虐待を経験した“虐待サバイバー”は、大人になると支援の手が差し伸べられることが少ないからだ。その事実に気づかせてくれるのが、『わたし、虐待サバイバー』(羽馬千恵/ブックマン社)。本書には、著者の人生が鮮明に記録されている。

■義父からの虐待と大好きだった母からのネグレクト

 まだ児童虐待防止法もなく、子どもの支援にあまり光が当たらなかった時代。著者の羽馬千恵さんの母親は、5歳年下の男性と結婚し妊娠した。しかし、父親はミルク代も奪い取り、ギャンブルにつぎ込んだ。両親は離婚し、羽馬さんは母親の実家近くで暮らす。この頃の親子仲は良好で、祖父母からもかわいがられ、幸せな日々を過ごしたという。

 そんな暮らしが一変したきっかけは、母親の再婚。義父は羽馬さんに冷たく当たった。妹が生まれると、義父の苛めはエスカレート。家事全般を強要され、暴力や暴言を浴びせられるようになった。

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 当時、母親はこの虐待を認識していたが、庇うことで自分に暴力が向くことを恐れた。また、ほぼ働かない夫に代わって生計を立てなければならない苦しさから子どもに当たり始めたため、羽馬さんは父母どちらの顔色も四六時中窺っていたという。

 しかし、義父は意外な一面も見せていた。時々頭を撫でてくれ、一緒に外出してくれたこともあった。やがて両親は離婚したが、最後の夜に義父は羽馬さんをギュっと抱きしめたそう。地獄のような記憶の中に愛情めいた片鱗がある事実に、今でも羽馬さんは混乱するという。

 離婚後、ようやく幸せになれるのでは…という期待は無残にも打ち砕かれる。生活に困窮した母親は貧しさと寂しさから逃れたかったのか、すぐに新しい男性と結婚する。当時中学生だった羽馬さんが新しい義父に懐こうとしなかったことを機に、暴言を浴びせ、ネグレクトし始めた。「まるで透明人間みたい」――そう思った羽馬さんは傷つき、父親と呼ばせたがった割にあっさり義父と離婚した母親を信頼できなくなってしまう。

 高校生になると、羽馬さんは母親の新しい彼氏と暮らすことを拒否。すると、母親は家に食費だけを入れ、ほとんど帰宅しなくなった。傷を抱える羽馬さんを支援しようと、学校は授業のテーマとして間接的に「離婚」を取り上げたり、みんなで考える機会を設けたりしたが、これは羽馬さんにとって「同級生に家庭の事情を知られてしまう」という恐怖。教員に対する不満から社会全体についても憎むようになり、無差別殺人を行う自分を何度も想像したという。

 そうした衝動のストッパーとなってくれたのが、幼い頃に自分をかわいがってくれた祖父母や親戚の顔。思い出の中に“振り返りたくなる存在”がいたため、過ちを犯さずに済んだのだ。

■親元を離れても終わらない…虐待サバイバーの苦痛とは?

 その後、羽馬さんは北海道の大学へ。一人暮らしを始め、生まれて初めての自由を味わったが、その先には新たな苦しみが待ち受けていた。

 何度も繰り返した自殺未遂や入院した閉鎖病棟で見た闇。自分の親くらいの男性に対し父親的愛情を求めてしまう「愛着障害」。だが、それらに苦しみつつも前に進みたいという強い思いを持ち続けたことが実を結び、30歳にして人間関係の「基本のキ」が分かってきたという。そして、それまで距離を置いていた母親とLINEを介して当時を振り返ることもでき、自分の生き方そのものを見つめ直すことができたのだ。

 本書には実際に交わされたという母子のLINEのスクリーンショットが掲載されており、巻末には、「子育て中の娘の虐待を見て見ぬふりしていた当時の自分」に当てた母親の手紙も収録されている。実は、羽馬さんの母親も、虐待サバイバーのひとり。母親の生い立ちや、前述した手紙に込められた苦しみや葛藤などを知ると、彼女もひとりの被害者であると分かり、胸が痛む。

 近ごろは毒親やアダルトチルドレンといった言葉を聞く機会が多いが、その陰には苦しみをひとりで背負い続けている虐待サバイバーも多い。こうした痛みを抱えている人が今も身近にいるかもしれない――そう考えることができれば、大人も子どもも分け隔てなく支援される社会が実現するのではないだろうか。殺されずに生き延びた大人の「未来」に目を向けることが、これからの社会では求められている。虐待は当事者だけの問題ではなく、社会全体で解決していくべき課題なのだ。

文=古川諭香