「僕はこの国に、もっと精神病患者が増えればいいと思っています」隠れ精神病大国・日本で悩める人々にそっと寄り添う静かで優しい精神科医の物語
公開日:2020/2/16
身体だけでなく、心のバランスを崩してしまった時、精神科や心療内科への受診を考えたことがある人はきっと多いはずだ。昔に比べると、「心の病」でクリニックにかかることは珍しくなくなったかもしれないが、初めて受診するとなると、何を聞かれるのか、どんな治療をされるのか、不安を抱く人もいるだろう。また、勇気を出して受診したにもかかわらず、5分程度の診察で、薬だけ出されて終わったことに愕然とした人や、医師との相性が合わず、悩んでいる人もいるかもしれない。
『グランドジャンプ』にて連載されている『Shrink~精神科医ヨワイ~』(七海仁:原作、月子:漫画/集英社)は、そんな現代の精神医療が抱える問題や現状を、丁寧に描いたマンガである。主人公は、街の小さなクリニックで精神科医として働く弱井幸之助。寝癖頭のズボラな男性だが、穏やかな表情で、悩める人々と真摯に向き合う彼の元には、日々、さまざまな患者が訪れる。
例えば、第1話で登場するのは、雑誌編集者としてバリバリ働く北野薫子(32)。彼女は、徹夜続きでも「眠くならない」と言いつつ、働き詰めの生活を送っていた。だがそんなある日、突然に、激しい動悸や手の痺れといった発作に悩まされることになる。病院へ行くも、身体に異常は見当たらず、精神科への受診を勧められ、困惑する。発作が恐怖で、とうとう電車にも乗れなくなった彼女は、偶然知り合った弱井のもとを訪ね「パニック障害」と診断されるのだが――!?
「隠れ精神病大国」と呼ばれる日本。精神病患者はアメリカなどと比べて少ないが、その一方で、自殺率は先進国の中でも最悪レベルなのだという。日本人にとってはまだまだ精神科は敷居が高く、誰にも相談できずに苦しんでいる人々も多い。弱井はそんな人たちを救おうと、患者に静かに寄り添いながら、適切な治療を行っていく。編集者の薫子も、「鉄のメンタル」と言われるくらい強い女であることを自負しており、はじめは、精神科に行くことを躊躇していた。だが、弱井からパニック障害についての説明や治療を受け、
「私の病気を知ってくれている人がいる―― それだけでこんなに安心できるなんて思わなかった 来てよかったです」
と言って、笑顔で病院を去っていくシーンでは、彼のように、患者の心に静かに温かく寄り添う医師が本当にいてくれたら…と、願わずにはいられなかった。
本書はパニック障害の他にも、「微笑みうつ」や「大人の発達障害」の患者も登場する。患者の苦しみや治療の過程だけではなく、現代の精神医療の問題点や、利用できる制度などにも丁寧に触れながら、読者の心に深く染み渡るように物語が描かれる。
精神科がもっと身近な存在となることを願い、ひとりでも多くの人を救いたい弱井は、
「僕はこの国にもっともっと精神病患者が増えればいいと思っています」
と発言する。
悩める人々はもちろん、知識として知っておいても損はないことが多く記されているので、ぜひ本書を読んで現代の精神医療について考えてみてほしい。
文=さゆ