上司のミスが私のせいに! パワハラも失敗も、すべて仕事で跳ね返せばいい?「ドクターX」内山P×元官僚・山口真由さん【前編】
更新日:2020/3/2
昨年、『ドクターX ~外科医・大門未知子~』第6シリーズで断トツの高視聴率を獲得したテレビ朝日プロデューサーの内山聖子さん。元財務官僚でニューヨーク州弁護士でもあり、現在はタレント活動のかたわら東大の大学院で学んでいる山口真由さん。この2人の華やかなキャリアの裏には、仕事でも恋愛でも数々の失敗をバネにしてきた共通点がある。
内山さん初のエッセイ集『私、失敗ばかりなので』を読んで勇気づけられたと言う山口さん。山口さんが「家畜」呼ばわりされていた官僚時代のエピソードを赤裸々に綴った『いいエリート、わるいエリート』を読んで爆笑したと話す内山さん。パワハラ、セクハラの逆風に負けることなくキャリアアップしながら、恋愛経験も豊富なお2人が、仕事と恋について語り合った抱腹絶倒対談。前編では、男社会で働く女性がキャリアアップするためには何をすべきか伺った。
山口真由(以下、山口)内山さんの本、すごく面白くて読みやすかったです。読むとスカッとするエッセイですね。
内山聖子(以下、内山)仕事でイヤなことがあったとき、腐ったときにどうぞっていう本ですよね(笑)。
山口 仕事で関わる技術スタッフやベテランの人たちに嫌われたら終わり、っていう話が出てきますよね。男性社会に女性が溶け込んでいくのは大変だというのが、痛いほどよくわかりました。私も、財務省という男社会で働いていた頃は、それなりにいろいろあったので。
内山 山口さんの『いいエリート わるいエリート』という本に書いてある財務官僚時代の話はすごいですよね。こんなにキレイで聡明な方なのに「家畜」呼ばわりされていたなんて、相当なご苦労があっただろうなと。
山口 あの頃はまだ、仕事なんてなんにもできなくて。夜中3時にすっぴんでナースサンダルを履いて走り回ってましたからね。たまに褒められても「挨拶の声が大きい」とかいったことで、評価ポイントそこですか?って(笑)。でも仕事で役に立てていないし、自分の存在意義を見出せなくて、もうボロボロでした。
内山 私もADをしていた頃は、家に帰るヒマもなくて床に寝てましたから。お風呂に入れないときは、コンビニで下着だけ買って着替えて。たまにスカートを着て現場に行くと、「チャラチャラした格好をしやがって」と言われ、コーヒーを入れるのにモタモタしていると、「お前、脳ミソついてんの?」、「IQ低いの?」と言われ(笑)。まあ、昔はそういう時代でしたからね。
山口 本を読んで、内山さんにもそういう経験があったなんて驚きました。男社会の中で生きていると、嫌われないための技を身につけることも必要ですよね。私は、キツそうに思われるみたいなので、昔はあえてバカっぽくしゃべったりしてました。いまも「結婚できないです」と言っているのは、本気のコンプレックスでもあるから、そういうコンプレックスを前面に押し出すことで、自分を守っているともいえます。「私は大学で勉強ばっかりしていたから、恋愛は全然ダメなんです」っていう感じで。ま、ダメなんですけど(笑)。
財務省でも、弁護士事務所でも気をつけていたのは、男性のコンプレックスの地雷を絶対に踏まないこと。「東大出ていてそういうことも知らないんだ?」って、あえて口にされる方は、きっと学歴コンプレックスがあるんだろうと思って、そこを刺激しないようにしました。
内山 私も同じです。相手に合わせるとかじゃなく、相手を説得するためのツボを観察する必要もありますよね。良い上司とか悪い上司とか、好き嫌いは関係なく、自分より長く仕事している人の人脈をわけてもらったり、ヒットのルールを教えてもらうことのほうが、私には大事だったから。
山口 私もそうなんですけど、自己肯定感が低い女性が意外と多いと思います。自己肯定感が高ければ、人に何を言われても受けるべきところは受けて、流すべきところは流せるはずです。でも、自己肯定感が低いと人の意見に振り回されて影響され過ぎる。私にもそういうところがあります。だから、普段から心がけているのは、他人からの評価が低いときの自分への声掛けです。失敗したときこそ必死で自分を褒めるんです。「みんなにバカだと思われたけど、よくやった! がんばった! 偉かった!」って(笑)。
内山 すごくポジティブですね。
山口 そうしないと次にチャレンジできなくなっちゃうから。失敗しても、やらないよりはやったほうがいいと思うので。
内山 私は若い頃、失敗するとすぐ逃げていたんです。そうすると後でブーメランのように返ってくるんですよね。逃げたことで受ける傷の大きさを知ってから、どんな理由であれ失敗しても人のせいにしないって決めたんです。
山口 それができる上司ってすごい! 弁護士の仕事をしていた頃、顧客からクレームをつけられると、「それは私ではなく、コイツのミスで……」と、上司が部下に責任を押しつける場面とかありましたから。そういうことする人って、意外と多いんです。
内山 私も、そういうケースをたくさん見てきました。上司のミスがなぜか私のせいになっていたこともあったし。だから自分はそういうことはしたくないと思って、失敗を認めるようになってから強くなりましたね。
最近は、「あのとき、すっごく傷ついてたな」って一歩引いてみることができるようになって、周りにも開示できるようになりました。そもそも仕事の失敗って失敗じゃなくて、プロセスのひとつだから。たとえ他人から、「あのドラマは失敗したよね」って言われても、自分では失敗だと思わず、次につなげればいいんですよ。
山口 失敗を失敗だと思わなくていい、ということですね。
内山 むしろ失敗を肯定してるってことです。
山口 それすごく大事ですね。
内山 そんな失敗談を講演会でも話していたら、20代の女性編集者から「内山さんの話を聞いて勇気が出た」とお手紙をいただいて、本まで出すことになって。今回、改めて自分の人生を振り返って、どんな失敗も笑えるようになるんだなって思いましたね。
山口 そう思えるまで、どのくらいかかりました? たとえば、内山さんがはじめて作ったドラマが打ち切りになって、監督の前で泣いた話が出てきますよね。そういうつらい経験をしたときに、さらに「監督とデキてる」って噂されたというエピソードに、私は、ものすごい悪意を感じました。仕事で傷ついた人に、そういう汚い中傷をするなんて、かなりひどい話だと思います。
内山 多分、その噂をした人は私のことが嫌いだったんですよ。当時は、女性が男性と対等に仕事すると、「女を売りにしている」っていう見方をされることも多かったから。でも、それだけの悪意をもつ人がいるっていうことは、私も無視できない存在だったんだなと思って、プラスに考えましたね。
山口 人の足を引っ張るのって嫉妬ですからね。私は結構ネガティブなので、「あー、これできなくて失敗した」、「もうちょっとこうすればよかった」とか、小さいこともすぐ引きずっちゃうんです。だから、「女を売りにしてる」なんて、ダメージが大きすぎて精神的に参っちゃうかもしれない。
反対に、“ちゃん付け”で呼ばれたりして、「はいはい、真由ちゃん、だいじょうぶ?」みたいな扱いもつらいな。そういうのって、この子は大学生の中に混じった小学生みたいな無知な子ですからっていう、矮小化だと思います。とはいえ、無視されるよりはましなのかな。無視されるのが一番つらいですよね。そう思うと、嫉妬されるほうがまだマシかも(笑)。
内山 そうそう。私は、とにかく仕事して、すべて仕事で跳ね返そうとしてきましたね。
山口 私はまず、「絶対に忘れないで覚えておくぞ!」と思っちゃう。ものすごく執着心が強いんです。自分でもそれがイヤで、直そう、直そうと思ってきたんですけど。以前、『徹子の部屋』に出たとき、「ひとつのことをネチネチ考えていられるなんて、それは才能よ」って、黒柳徹子さんがおっしゃってくださって。「そういうねちっこさから、ノーベル賞が生まれたかもしれないじゃない」って。これは、目から鱗でしたね。そっか、湿っぽくて嫌だなってずっと思ってたけど、逆に、これだけ粘るのも才能なのかなと(笑)。
内山 私もイヤなことは忘れないですね。人生すべてネタだから(笑)。コンチクショーって腹が立つようなことも、復讐したくなるようなことも、フィクションにするつもりで全部メモに書いて吐き出してきました。ネガティブなことを溜め込むと、自分の可能性をつぶすことにもなるから。
山口 私もそれは思いました。あるとき、ある男性に言われた言葉に釈然としないことがあったんです。それで後日、「あのときなんでこう言ったんですか?」って、本人に聞いたんですね。そしたらその男性は、「そんなこと言ったっけ?」って、全然身に覚えがないみたいで。傷ついたほうは覚えているのに、傷つけたほうは覚えていないっていうのは、本当なんだなと。そのとき、自分だけネガティブな思いにとらわれていたなんて、バカみたい。だったら、私も負の感情にとらわれずに先に進まなくちゃって思いました。
内山 私が会社に入った頃は、パワハラ、セクハラ当たり前の時代だったから、そのことでいちいち立ち止まる時間がもったいなくて。むしろ、ハラスメントを上手くかわすのも、ひとつの能力だと思っていたところはありますね。
山口 ハラスメントって、本人には悪意すらないこともあるので、構造的な問題もありますよね。上の世代は、悪気なく、ステレオタイプで女性をひとくくりにしますから。「女のくせに、整理整頓もできないのか」、「女のくせに、声が低いな」なんてね。その人自身は、故意に差別してるわけでもなんでもないけど、女性はこういうもんだと思い込んでいる。だから、思いこませてきた社会の構造を問題視しないと。「それは違います」って、一個人に突っかかっても無意味なことが多いので。だから私も、適当にかわしたほうがいいと思います。
内山 どっちにしても戦う体力と気力が必要ですよね。今までドラマ制作のためにいろんな業界の方々を取材してきましたけど、どの世界にも理不尽なことって山ほどあるんです。それをひとつひとつ、「これはおかしいです」、「女性だからといって差別しないでください」と抗議していくのはかなりパワーがかかるので。
山口 財務省でも、弁護士の世界でも「ちゃんと仕事できるようになってから意見を言え。頭を使う前に、まず、手足を動かせ」という風潮がありました。「なぜこの仕事をしなければならないの?」と問う前に、まずはできるようになりなさいと。若手にとっては、ある意味、当然の教えかもしれません。
内山 私も同じような経験したからわかります。そういう、何もできない自分を思い知る時期は必要だと思うんですよね。短い時間でもいいから。
山口 ただ体は正直みたいです。昔の同僚は、上司側に向けた顔の左半分にだけ蕁麻疹が出たことがありました。そしたら、「お前の拒否反応は正し過ぎる!」ってさらに怒られて(笑)。
内山 片側だけだったら帯状疱疹ですね。私もかかったことがあります。40代過ぎてから顔面麻痺や円形脱毛症にもなりました。意外と体力があるからストレスに気づかないうちに我慢しちゃって、体にサインが出てから気づくパターンです。
結局、仕事のストレスってほとんど人間関係ですからね。だから、ストレスを少しでも減らすためには、自分がやりたい仕事をやって、自分が好きな人たちと仕事をしたほうがいい。それはつくづく思います。(後編につづく)
取材・文=樺山美夏 撮影=海山基明
<プロフィール>
内山聖子(うちやま・さとこ)
テレビ朝日総合編成局ドラマ制作部エグゼクティブP。
1965年福岡県生まれ。88年、津田塾大学卒業後、テレビ朝日入社。秘書室、制作現場を経て、95年からドラマプロフーサーに。『ガラスの仮面』(97年)、『黒革の手帖』(2004年)、『交渉人 THE NEGOTIATOR』、(08年)、『ナサケの女~国税局査察官~』(10年)、『ドクターX~外科医・大門未知子~』(12年~)など、連続ドラマ、スペシャルドラマを数多く手がける。著書に『私、失敗ばかりなので へこたれない仕事術』(新潮社)がある。
山口真由(やまぐち・まゆ)
ニューヨーク州弁護士。元財務官僚。
1983年北海道生まれ。2006年、東京大学法学部卒業後、財務官僚を経て、2015年まで大手法律事務所に勤務。16年にハーバード・ロースクールを卒業し、ニューヨーク州弁護士登録。17年より東京大学大学院博士課程 法学政治学研究科 総合法政専攻に在籍。著書に、『いいエリート、わるいエリート』、『リベラルという病』(共に新潮新書)など多数。最新刊は『思い通りに伝わるアウトプット術』(PHP研究所)。テレビ出演、執筆など幅広く活動している。