「わしは死ぬまで運転するつもり!」――冗談はやめて! 決して他人事ではない「高齢ドライバー」問題を垣谷美雨が問う

文芸・カルチャー

公開日:2020/2/29

『うちの父が運転をやめません』(垣谷美雨/KADOKAWA)

 社会問題をエンタメ小説に昇華する手腕に定評のある、小説家の垣谷美雨さん。これまでも、少子化対策として「抽選見合い結婚法」が施行される架空の日本を舞台にした『結婚相手は抽選で』、独居姑の遺品整理をすることになった嫁の奮闘を描く『姑の遺品整理は、迷惑です』(ともに双葉社)など、時宜にかなったテーマを的確に見抜き、ユーモラスな小説作品に仕上げてきた。

 そんな彼女が、最新作『うちの父が運転をやめません』(KADOKAWA)で取り上げるのは、タイトルから想像できるとおり、「高齢者ドライバー問題」だ。

 主人公の雅志は、大手家電メーカーに勤務する50代男性。研究職といえば聞こえはいいが、給料は多くなく、仕事にやりがいも感じられない。正社員として働く妻、私立の高校に通う息子の息吹と、東京に家を買い、充実してはいるが余裕のない暮らしを送っていた。

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 そんなある夜のこと、雅志の耳に、テレビのニュースが聞こえてくる。「軽自動車が通学途中の小学生の列に突っ込みました。運転していた七十八歳の男性は軽傷ですが、小学生二人が骨折などの重傷を負った模様です」。また高齢ドライバーの事故かよ──しかも78歳といえば、田舎に住む雅志の父と同い年だ。うちの親父は大丈夫だろうか。不安に思った雅志は、夏休み、高校に入って以来暗い顔をしている息吹を連れて帰省する。

 案の定、父の運転はずいぶん危なっかしくなっていた。だが父は、皮肉屋で頑固。言えば言うほど意固地になる人間に、運転をやめさせるのは至難の業だ。父の車には、明らかに危険な運転でできた傷がある。近所の高齢ドライバーも、最近事故を起こしたらしい。雅志は父に、運転をやめるように言うのだが──。

「わしは死ぬまで運転するつもりじゃ」と、父は低い声でぼそっと答えた。
「親父、冗談はやめてくれよ」
 父の気持ちを逆撫でするとは思ったが、言わずにはいられなかった。

 息吹との会話が減ってしまっていることも、思春期のせいばかりにはしておけない。雅志と妻は、都会での生活を維持するために、息子の世話を保育園などに頼ってきた。要するに雅志は、息吹への接し方がわからないのだ。雅志は、息吹との距離を測りつつ、父が車を運転しなくてもいいように、両親に通販やお試し都会暮らしなどを提案。そのうちに雅志は、自身の生き方にも疑問を感じるようになり…?

 誰もが直面する老いだけでなく、地域格差やワーク・ライフ・バランス、生き方の多様化など、本書で取り上げられる問題は、一筋縄ではいかないものばかり。高齢ドライバーは運転するなと口で言うのは簡単だが、田舎には電車もバスも走っておらず、年金暮らしでタクシーを使っていては破産する。子どもと向き合う時間を作りたくても、その子どもを養うためには、じゅうぶんな稼ぎが必要なのだ。

 簡単には解決策を見出せない現代社会を、雅志は否応なく突きつけられる。果たして父は、運転をやめてくれるのか。ひずみだらけの生活に対して、雅志が出した答えとは?

 彼の決断を見届けることは、走り続けてお疲れ気味のあなたにも、新たな道の可能性を示してくれるだろう。

文=三田ゆき