『SHIROBAKO』の物語を支える、アニメづくりの真髄とは? 堀川憲司プロデューサーインタビュー
更新日:2020/4/30
富山県南砺市に本社スタジオを構えるアニメーション制作会社、P.A.WORKS。『SHIROBAKO』をはじめ、上質で丁寧なアニメ作りで知られるP.A.WORKS作品は、多くのアニメファンの心を動かしてきた。その原点にある哲学について、P.A.WORKSの代表であり歴代作品のプロデューサーも務めてきた堀川憲司さんに伺った。
堀川憲司
ほりかわ・けんじ●1965年、愛知県生まれ。P.A.WORKS代表取締役。竜の子プロダクション、Production I.Gを経て、2000年に越中動画本舗(現在のP.A.WORKS)を富山県南砺市に設立。
――アニメの制作現場を赤裸々に描く『SHIROBAKO』を作ることは挑戦でもあったと思います。こういった作品にトライしたのはなぜでしょうか?
「オリジナル作品を作るときはいつもテーマを最初に考えるんです。『SHIROBAKO』のときは、ちょうどネットやSNSでアニメの現場について語られるようになったころで、アニメの制作現場にとって負の情報がたくさん出回っていたんですね。でも、その中で僕らは一生懸命ずっとアニメを作ってきたわけで。負の感情ばかりではなく、情熱を持って、この仕事に打ち込んできたんです。そこで“なぜ、僕らはこの仕事を続けられるのだろう”ということが気になってきて。普段はそういうことを考えないので、そこを考えながら作ってみたい、その思考の過程をかたちとして記録してみたい、と思ったのが『SHIROBAKO』です。だから、最初から訴えたい答えがあったわけではない作品でした。TVシリーズの最終話で宮森(あおい)が語る答えは、最初からこれを言いたいと思っていたわけではなく、ずっと考え続けた結果、あのときにたどり着いた言葉です」
――TVシリーズ最終話の宮森の言葉は「(アニメは多くの人が関わってできている)それは(最初は)細い蝋燭の火のようなものだけど、それが受け継がれていくことで、大きな灯となって、人の心を明るく照らすことができる」という、自分たちがアニメを作る希望を語ったものでした。
「僕も宮森のように制作進行からこの仕事を始めて、いまではアニメーション制作会社を経営していますが、『ただアニメが好きだから作り続けている』だけではなくて、僕たちがやろうとしていることの先を見通したビジョンが欲しかったんです。P.A.WORKSでは2018年に会社の基本理念を発表したのですが、そこでは、まさに『SHIROBAKO』の宮森の言葉を使っています。『SHIROBAKO』という作品を作ったからこそ、僕らの理念が見えた。私たちの答えがひとつ出せたんだと思っています」
――堀川プロデューサーにとって、『SHIROBAKO』は自分たちのための作品でもあったんですね。
「僕は、自分たちや社会がぶつかっている問題を、作品の中でシミュレーションすることで解決方法を見出すことができるんじゃないかと思っているんです。たとえば『花咲くいろは』という作品のときは、『社内の新人アニメーターを見ていて、若い子たちがぶつかる壁ってだいたい同じだな』と感じたことがきっかけになりました。その壁を乗り越えていくことをかたちにしたいなと。温泉旅館なら、うちの会社と規模も近いし、物語に置き換えやすいんじゃないかと。町おこしをテーマにした『サクラクエスト』も『問題が起きたときに不満や不安を発信するだけでは変わっていかないな』と思ったことがきっかけです。僕たちは自分たちの問題をファンタジーやアクションといったかたちに置き換えて、多くのシナリオライターやプロデューサーたち、社内のスタッフと意見を出し合いながら、それをどう乗り越えるかを考えることができる。エンターテインメントにして、みんなと楽しめる。そういう素晴らしい仕事をしているんだと思っています」
――『SHIROBAKO』は業界内外に大きなインパクトをもたらしました。とくに異業種のクリエイターさんから支持を集めましたね。
「予想以上の反響はありました。とくにモノを作る人たちに響いたなという感覚がありました。ほかのアニメ制作会社の方から『SHIROBAKO』を観て制作進行に応募してきた新人がいる、という話もよく聞きました。『SHIROBAKO』はアニメ業界を目指す人にとって、ひとつのフィルターになると思っています。制作進行を志望する人は、『SHIROBAKO』を観れば、こんな仕事内容だとわかります。これを見てムリだと思ったら、志望しないほうが良い。そういう役目を果たせたのかなと」
――宮森のようなプロデューサーや制作進行のスタッフは実際に存在しているんでしょうか?
「宮森みたいな子はあまりいないと思います(笑)。でも、まったくいないわけじゃないし、ぜひいてほしい。僕も新人スタッフを何人か育てているんですが、彼らにアドバイスするときは『“SHIROBAKO”のあの話数の誰々のセリフを観て』と言うことがあります。そうやって、自分で感じ取ってもらって、成長して欲しいなと思っています」
――さて、劇場版『SHIROBAKO』では4年後の宮森と武蔵野アニメーションが描かれます。彼らは苦境に立たされているようですね。
「TVシリーズの『SHIROBAKO』では『僕らの現在はここにある』というつもりで描いてきました。今回の劇場版では、数年前のアニメ業界や僕らの状況を描いています。劇場版のシナリオを作っていた数年前は「アニメのスタッフの働き方」の問題が大きく取沙汰された時期で。P.A.WORKSにおいても、ものすごく大変な時期でした。業界も混乱していて、業界のブラックな側面ばかりが喧伝されていく状態になっていて。『万策尽きた』というセリフがギャグではなく、だんだん当たり前のようになってきた。僕らもその出口の見えない混沌の中で、どうやってアニメを作っていったらいいのだろうとあがいていた時期だったんです。それでもアニメを作り続けたいと思っていた時期が、劇場版には“記録”されているんです」
――苦境から立ち上がるムサニは、現在のP.A.WORKSと似ているところがありますか?
「ウチはあんなにハイテンションでドタバタはしていません(笑)。ムサニは、ドタバタしているんですが、健全なモノづくりの空気みたいなものが流れているスタジオだと思います。仕事は大変だろうし、スケジュールは切羽詰まっているんだろうけど、文化祭前夜のようなエネルギーを感じる場所。僕も制作進行をしていたからわかるのですが、そういうスタジオってあるんですよね。それに比べ、ウチは田舎の長閑な空気の中で、朴訥なスタッフが愚直なまでにひたすらコツコツ作る現場です。ムサニのようなスタジオになるための基礎体力を養っている状態。まだまだムサニには至っていないスタジオだと思います。今年で創立20年目ですが、やはり人を育てるということは相当時間がかかるんだなと思っています」
――『SHIROBAKO』は「記録」という言葉がすごく印象的です。宮森も「同級生とアニメを作る」という夢を叶えてはいませんし、まだまだこの先も「記録」したいと思うことは多いのではないでしょうか。
「そうですね。宮森はプロデューサーとしてまだまだいろいろな経験を積まなくてはいけませんし、ムサニを変えていこうと動き出すかもしれません。同時に、僕らがいま会社や業界を変えようとしていることに何らかの答えが見えたとしたら、それは“記録”してみたいと思っています。これからが楽しみですね」
取材・文:志田英邦 写真:北島 明(SPUTNIK)
P.A.WORKSの代表作(一部)をご紹介!
『true tears』(2008年)
P.A.WORKS初の元請け制作作品。絵本作家を目指す主人公が、不思議な少女・石動乃絵と出会い、幼なじみの湯浅比呂美や安藤愛子との恋に揺れる。岡田麿里がオリジナルストーリーを手掛けた。
『Angel Beats!』(2010年)
人気シナリオライター・麻枝准によるオリジナルアニメ作品。死後の世界にある学園で、天使と呼ばれる少女と戦うことになった少年を描く。本作で劇中歌の歌い手として抜擢されたLiSAはのちにソロデビュー。現在の躍進の起点となった。
『花咲くいろは』(2011年)
P.A.WORKS 10周年記念作品。働く女性を主人公とする、「お仕事シリーズ」第1弾。東京育ちの女子高校生が、石川県の旅館で仲居見習いとして働く物語。続編は劇場版アニメとして公開された。
『有頂天家族』(2013年,2017年)
森見登美彦による小説をアニメ化。京都・糺ノ森に住む、人に化ける狸の家族の物語。マンガ家の久米田康治がキャラクター原案を務めるなどスタッフ面も充実。続編として原作第2部のアニメ化も行われた。
『さよならの朝に約束の花をかざろう』(2018年)
P.A.WORKS としては初のオリジナル劇場版作品。岡田麿里が初めて監督を務めた。不老長寿の一族の少女が、人間の赤ん坊を見つけ育てていく、流れていく時間の物語。P.A.WORKSが培ってきた技術が注ぎ込まれた、集大成的な作品。