妄想や幻聴に取り憑かれた父、宗教に救いを求める母。家族の形を赤裸々に綴るノンフィクションコミック
公開日:2020/3/5
あえて先に言っておきたい。本稿で紹介するコミックエッセイは、体験談の実録なので必ずしもハッピーエンドでは終わらない。だが、そういった生々しい家族の形をリアルに描いているからこそ、テーマが心に刺さり、深く考えさせられる。『心を病んだ父、神さまを信じる母』(イースト・プレス)は著者・ゆめのさんとその家族が経験してきた壮絶な日々を赤裸々に描いたノンフィクション・コミックエッセイだ。
父が統合失調症に。家族が“普通”じゃなくなった…
無口な父親と社交的な母親という、対照的な性格の両親のもとに産まれた、ゆめのさんと2歳年上の兄。4人はどこにでもいそうな“普通の家族”だった。だが、そんな家族の形が、父親が統合失調症を発症したことで少しずつ壊れていく。
幼かったゆめのさんは、父親の異変に気付かなかったが、ある日、家の中に盗聴器と監視カメラが仕掛けられているというメモを父親から渡され、何かがおかしいと思い始めた。父親は、常に誰かに監視されているという妄想に取り憑かれ、家族に筆談で会話をするよう提案したり、パンツを履いたままシャワーを浴びたりするようになったのだ。
精神科で統合失調症だと診断されても、自分は病気ではないと思い込み、薬を飲もうとしない父親。その当時はまだ統合失調症が「精神分裂病」と呼ばれていた時代。今より精神疾患に関する情報が少なく、理解も得られにくかっただろう。当人だけでなく、家族にとってもその事実を受け入れることは難しかったようだ。
ゆめのさんも本作を描くまでは、父親の病気を人に知られたくないものとして自分の中に封印してきた。父親のことを恨んだこともあったという。
“父は「病気の人」であるけど 「お父さん」でもあって ちゃんとしたお父さんであってほしくて 私は お父さんが怖くて お父さんが憎かった”
だが、統合失調症という病気について調べていくうちに、自分の中にあった偏見に気づき、父親の苦しみを改めて知ったという。心の病気は私たちの日常と関係ない“特異なもの”だと思われがちだが、他者と関わり合いながら生き続ける私たちにとっては誰にでも起こり得る身近なもの。病気の親を持つ身近な子どもの視点で描かれた本作は、統合失調症という病気を理解するためにも、ぜひ一読してほしい内容である。
夫を決して見捨てなかった妻の強さに涙
本作のもうひとつの見どころは、統合失調症の夫を支えつつ、家族の形を守ろうと努力してきた母親の想いだろう。妄想の世界から抜け出せなくなり、仕事にも行けなくなった自分の夫。パートナーがこうした状況に陥ると、逃げたくなり、離婚という可能性が頭をよぎってしまうこともあるかもしれない。
だが、ゆめのさんの母は夫のことを見捨てず、キリスト教を心の支えにしながら、家庭環境を変え、夫がストレスや不安を感じにくくなるようにサポートした。その裏には、夫や家族に対する深い愛情があるように思えてならない。
“神さまは、不器用にしか生きられない人もおつくりになって、そんな人には純粋な心をお与えになったのでしょう。弱虫で、不器用だけど、変なところが純粋で。だからあなたは子どもみたいなのかもしれない。”
収められている母の日記を読むと、夫婦や家族という他に代えがたい絆の尊さに鼻の奥がツンとなってしまう。
どこにでもありそうな普通の家族に訪れた辛い試練。4人が地獄のような日々をどう乗り越え、そして今を生きているのか――本作を開いてその目で見てほしい。
文=古川諭香