韓国で一番有名な“普通の白猫”「ヒック」――インスタグラムで19万人が夢中に!
公開日:2020/3/29
コミカルな柄をしていたり、ユニークな表情を見せてくれたりするスター猫はたくさんいる。だが、今、韓国では一見どこにでもいるような風貌の白猫が大人気だ。その猫の名前は「ヒック」。
ふっくらとした体つきや真ん丸なお顔は、たしかに愛くるしい。だが、なぜヒックは19万人以上ものファンを持つスター猫となったのか。その答えは、飼い主であるイ・シナさんが2人の歴史を記した『しあわせはノラネコが連れてくる』(菅野朋子:訳/文藝春秋)で分かる。
一匹の野良猫が気づかせてくれた「幸せの意味」
2人の出会いは、2014年のこと。当時、イさんはリュックひとつで逃げるように済州島へ来ていた。
馴染めない大学を退学した後、別の大学へ入学したが、親の希望に沿って選んだ専攻に苦しんだ。2回も大学を辞めるわけにはいかないとの思いからなんとか卒業はしたものの、心は虫の息に。誰も自分のことを知らない土地に行きたいと思い、ハネムーンの定番である済州島のゲストハウスで住み込みで働いていた。
そこで出会ったのが、1匹の白い野良猫。肋骨が見えるほどやせ細り、ところどころに十円ハゲが見られるその猫は長い間、野良生活をしているように見えた。これまで猫と暮らしたことも暮らそうと思ったこともなかったイさんは近所の猫飼いさんに相談し、捕獲を計画。その方に一時保護してもらいつつ、みんなで里親探しを行おうと考えていた。
ところが、捕獲作戦は上手くいかず、頼ろうと思っていた猫飼いさんも引っ越してしまうことに。計画は立ち消えになった。その後はご飯をあげながら見守る日々を続けていたが、ヒックのケガを機に2人の距離は変化する。
初めはケガが治るまで、住み込みをしている屋根裏部屋でお世話するつもりだったが、一緒に過ごす時間が長くなるにつれて心境が変わっていった。
ヒックには、体にいいものを食べて、ずっと健康でいてほしい。そのために私は働こうと思った。
自分の手助けを必要とする存在がいる。人生で初めてその喜びを経験したイさんは次第に、ヒックと家族になりたいと思うようになった。
「私たち縁があるみたいだから、もう一緒に暮らしませんか」と、スヤスヤ寝ているヒックに向かってプロポーズをした。
誰かと一緒に暮らそうという覚悟。それは人生を楽しくするスパイスになり、自分が生き続ける意味にもなる。そう思うのは、筆者にも同じような経験があるからかもしれない。それは永遠を誓い合った人と未来を上手く築けなかったという現実がグサグサと胸に刺さった、離婚後のこと。誰かと一緒に笑い合うことは二度とできないと思え、幸せになれなかった自分がみじめで、ローンが残った家で孤独に飲みこまれそうだった。
そんな時、寄り添ってくれたのが3匹の愛猫たち。落ち込んでいる筆者に「私たちがいるよ」とでも言うようにご飯やスキンシップをおねだりし、時には頬を流れる涙を舐めてくれた。愛猫たちがくれた無言の温かさに触れ続けているうちに傷は癒え、空っぽだった心に“この子たちと1日でも長く一緒に生き続けたい”という目標が宿ったのだ。人は自分の幸せより誰かの幸せを願うことで前を向け、幸福になれるのかもしれない。
運命的な出会いを2人は現在も、のんびりと幸せな暮らしを楽しんでいる。家族になるまでの紆余曲折や住み込みをしていたゲストハウスからの独立エピソード、ヒックのおやつ事情までもが記されている本書は泣き笑いでき、もう一度誰かとの幸せを願ってみようと思える温かいエッセイ。2人の日常は“普通”だからこそ、かけがえがないものなのだ。
文=古川諭香