「囚人の獄中手記」流した涙と目ヤニ、そのワケは…?/『ジグソーパズル』④

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公開日:2020/3/21

「バイきんぐ」のじゃないほう芸人、西村さんの最初で最後の初エッセイです。小峠さんよりも先に書籍を出版。社内の反対を押し切っての刊行です。はっきり言って、売れる期待は全然していません。有益な情報はほとんどないですが、読むとほんの少しだけ元気がでます。

『ジグソーパズル』(バイきんぐ 西村瑞樹/ワニブックス)

ああ、早く出所したい

 何年か前、目の病気で文字どおり「ひどい目」にあったことがある。痛みやかゆみはほとんどないけれど、目がゴロゴロする感じや涙が勝手に出てくるなどの症状から始まり、ほどなくして、朝目覚めるとまぶたがボクサーの試合後のように腫れ上がり、しまいには目がかすんで、見るもの全てにモザイクがかかっているような状態に陥り、ほとんど見えなくなってしまった。

 眼科に行くと結膜炎と診断された。しかも、まぶたの裏に膜が張り、それが角膜を傷付けて視界が悪くなったらしい。

 外を歩くのもままならなくなったので、事務所に1週間のお休みをいただいて自宅療養の生活が始まった。

 それはもう塀の中にでも入れられたのかというくらい本当につらい毎日で、これから書くことは「囚人の獄中手記」だと思ってください。

 まず、寝ても起きても涙と目ヤニが常に流れ出て、ひどい時は一日で箱ティシュー5箱を使い果たした。思春期のお盛んな男子でも優に3カ月はもつ量だ。

 あと、医者からは安静にしておきなさいと言われたので一日中ベッドで横になっているのだが、身体は元気なので眠れるわけがない。

 おもむろにスマホを手に取るものの、視界がモザイクビューなので、文字なんか読めたものじゃない。メールは全て未読無視。そうだ! 文字の大きさを変更すればいいのか! 極度のモザイクビューなので変更の手順がわからない。これだ! 音声認識機能を使って誰かに電話して助けに来てもらうか! 設定がオフになっているのか反応しない。早すぎるチェックメイト。

 家から一歩も出なくても腹は減る。ちょうど買いだめしていたカップラーメンや冷凍食品でなんとか空腹を満たした。

 困ったのが冷凍食品をレンジで温める時間の表記が読めないことだ。だいたいがチンチンに熱いか冷たいままの状態で、何を食べているのわからない時もあった。

 獄中生活唯一の楽しみは、ラジオで広島カープの野球中継に耳を傾けることだった。

 全国のラジオ局が聴けるアプリを色だけで識別してなんとか立ち上げる。

 何日目か。試合が終わったあと、そのままラジオを聴き流すつもりだったのが、画面を誤って触ってしまいエリアを変更してしまったようで、戻し方もわからなくなった。

 それから何日かは野球中継も聴けず、どこだかわからない地域の誰だかわからない局の人のラジオを延々と聴いていた。

 相当なストレスを抱えた僕は、Hな動画を見たい欲求に駆られた。

 身体だけは元気だから。

 動画を保存しているアプリを立ち上げ、保存フォルダを開き、お気に入りの動画を再生。なぜかこれだけはいとも簡単にできた。

 もしかすると視界がモザイクビューの状態なので、規制でモザイクがかかっている部分を見ると逆に鮮明に見えるのではないかという淡い期待はもろくも崩れた。しかたがないので音声だけで右脳をフル稼働させた。

 ああ、早く出所したい。出所したら何をやろうか、どこへ行こうか、何を食べようか。そんなことばかり考える毎日。

 1週間後、久しぶりに吸うシャバの空気は本当に美味かった。太陽の陽射しがまるで南国にいるかのように眩しくとてもキラキラしていた。当たり前の生活が送れる幸せを感じた。

 流した涙と目ヤニは裏切らない。とても貴重な経験だった。

<第5回に続く>