深刻な不振にあえぐアパレル業界のルポが文庫化! 業界全体が集団自殺している…!?
更新日:2020/4/2
本日発売の「文庫本」の内容をいち早く紹介!
サイズが小さいので移動などの持ち運びにも便利で、値段も手ごろに入手できるのが文庫本の魅力。読み逃していた“人気作品”を楽しむことができる、貴重なチャンスをお見逃しなく。
《以下のレビューは単行本刊行時(2017年6月)の紹介です》
読者はアパレル業界がかつてない不振にあえいでいることをご存じだろうか。業界を代表する大手アパレル4社がある。オンワードホールディングス、ワールド、TSIホールディングス、三陽商会だ。2014年度、この4社の合計売上高は約8700億円あった。しかし2015年度は約8000億円。2016年度も2015年度の売上高からさらに1割下がる見込み。大手アパレル企業が失速すれば、二人三脚で発展してきた百貨店も失速。2016年、地方や郊外を中心に、百貨店の閉鎖が相次いだ。今、アパレル業界では何が起こっているのだろうか。
『日経ビジネス』2016年10月3日号は、失速を続けるアパレル業界に焦点を当て、取材を通して見えたその原因を「買いたい服がない」という特集タイトルで掲載した。『誰がアパレルを殺すのか』(杉原淳一、染原睦美/日経BP社)は、その内容に大幅な加筆・修正をしたものだ。本書の第1章では、アパレル業界を衰退させた原因がまとめられている。第2章は、戦後のアパレル業界の勃興と黄金期までの歩みを紹介。第3章は、業界の「外」からアパレル業界に参入する新興勢力について。第4章は、業界の「中」から既存のルールを壊そうとする新興企業の取り組みを追っている。非常に読み応えのある本書、ぜひ手にしてほしいと願う。本記事では本書の第1章より、深刻な不振の原因の根本をご紹介する。
まずはアパレル業界の概要を説明したい。洋服を作り、それが消費者に届くまでの流れを「サプライチェーン」と呼ぶ。アパレル企業が直接、またはOEM(相手先ブランドによる生産)メーカーなどを経由して工場に洋服を作るよう指示し、完成した洋服はアパレル企業が専門店に卸す、もしくは百貨店や直営店などを通じて消費者に販売する。これが簡単な流れだ。川上(糸や生地メーカー、縫製工場)から川中(アパレル企業や商社、OEMメーカー)、そして川下(百貨店やショッピングセンターなどの小売店)へと洋服が移動していく中で、必ず不良在庫が生まれる。セールを通じても売れずに残った洋服たちだ。
こういった不良在庫は、他の業界でもよく見られる現象。しかしアパレル業界が他と違うのは、大量の売れ残りを前提に価格を設定し、ムダな商品(洋服)を作りすぎているという点だ。なぜそのようなことが起こっているのか。きっかけは1990年代に起こったバブル崩壊。景気が悪化し、それまでデザイナーズ&キャラクターブームに沸いていたアパレル業界が、一気に冷え込んだ。どんなに高い値段をつけても、ブランドに引きつけられ、洋服を購入する消費者がいた黄金期は終わり、財布のひもが固くなってしまったのだ。そんなとき百貨店や大手アパレルは、ユニクロや欧米ファストファッションを目の当たりにする。
ユニクロや欧米ファストファッションは、アパレルの川上から川下までの情報を正確に把握し、サプライチェーン全体を合理的に管理している。消費の変化に応じて、いち早く工場や売り場に指示を出すのが強みだ。中国での大量生産や積極的な出店攻勢で注目を集めていたが、強さの本質はサプライチェーンの全てを把握している点にある。しかし、それに気づかなかった大手アパレル企業は、製造拠点を中国に移すだけで、ユニクロや欧米ファストファッションと同じように人件費を抑えられ、大量生産によるスケールメリットで製造コストを下げられると考えた。表面的に「ユニクロのようなビジネス」をまねてしまったのだ。
この方法によって確かに商品単価は下落した。大量の商品を百貨店やショッピングセンターなど、様々な場所に供給することで何とか商売を成り立たせた。需要に関係なく、単価を下げるためだけに大量生産し、売り場に商品をばらまくビジネスモデルは、極めて非合理的だった。しかしまるで麻薬のように、一度手を染めると簡単に抜け出せるものではなかった。ムダを承知で大量の商品を供給しさえすれば、目先の売り上げが作れたのだ。これが、不良在庫が生まれ続ける原因である。本書ではこれを「負のサプライチェーン」と述べている。やがて案の定、このビジネスモデルが崩壊を迎える。先述の通り、大手アパレル4社の売上高が激減しているのだ。
本書には、かつてワールドで総合企画部長などを務めたコンサルタントの北村禎宏氏のコメントが載せられている。「まずは川上から川下まで、業界全体として不振の現状と原因を正しく認識し、その上で連携して対応する必要がある。アパレル産業は様々な企業が関連しているが、階層ごとに断絶されていて連携が進まない。将来像を全体で共有しないまま、各プレーヤーが好き勝手に振る舞い続けていては、業界が集団自殺しているのと同じだ」。
本書の第1章ではこの他にも、中国で大量生産するビジネスモデルの問題、OEMがもたらした同質化(=「買いたい服がない」につながる)、ショッピングセンターや百貨店が背負う罪、使い捨てられる従業員など、数えきれない問題点が挙げられている。日本経済を支えるという意味では、アパレル業界を応援したいところだが、本書を読む限り「自業自得」という感想しか持てなかった。「負のサプライチェーン」をぶっ壊す、新しいビジネスモデルの誕生と浸透を願う。
文=いのうえゆきひろ