『コンビニ人間』の村田沙耶香が新境地へ! 村田ワールド全開の短編集『丸の内魔法少女ミラクリーナ』

文芸・カルチャー

公開日:2020/4/20

『丸の内魔法少女ミラクリーナ』(村田沙耶香/KADOKAWA)

 村田沙耶香さんの短編集『丸の内魔法少女ミラクリーナ』(KADOKAWA)は、時間があるときに読むことをおすすめしたい。通常、短編小説は時間がないときでも読めるものなのだが本作だけは例外だ。時間をかけてじっくりと世界観を堪能してほしい。

 表題作は、芥川賞作家・村田沙耶香の新境地と言えるだろう。

 主人公は今年36歳になるリナ。会社員として忙しい日々を送っているが、彼女には秘密がある。小学生時代の遊び、魔法少女ごっこを今も続けているのだ。

advertisement

 彼女が持つセリーヌのバッグの中には相棒のポムポム(実際はブタのぬいぐるみ)がいる。小学4年生の頃にお小遣いで買ったコンパクトは、魔法少女ミラクリーナに変身できる大事なアイテム。

 仕事で残業を頼まれると、彼女はトイレでこっそりコンパクトを出し、ミラクリーナに変身する。無茶な残業を頼んだ同僚は敵に催眠術をかけられていると設定し、自分は催眠術を解くための呪文(実際は見積もり)を打ち込む。

 笑顔で迅速に仕事を終わらせる彼女を、同僚たちは憧れのまなざしで見つめる。ストレスを感じずに残業するなんて凄いと誤解する同僚を前に、リナは心の中でこうつぶやくのだ。

“ストレスなら毎日感じている。でも私は、それをキュートな妄想で調理して食べる方法を知っているというだけだ”

「なるほど、そんなストレス発散の方法があったのか」と思わず唸ってしまった。

 リナには小学生時代、一緒に魔法少女ごっこをして遊んだレイコという親友がいる。

 レイコは既に魔法少女ではなくなり、現在はモラハラ気味の彼氏と同棲中。とうとう耐えられなくなってリナの家に逃げ込んだレイコと、彼女を追ってくるレイコの彼氏。リナがどうすればふたりを別れさせられるか画策するところから、物語は急展開を見せる。

 私は村田さんの全著作を読んでいるが、彼女の小説の作風で多いのは、「性」をさまざまな角度から見つめ、ときに読者をぞっとさせる異世界へ連れていくというものだ。

 しかし芥川賞を受賞した『コンビニ人間』を発表した頃から、村田さんは今までとは異なる作風にもチャレンジし始めた。性を扱わない、軽いタッチの小説も出てきたのだ。

 村田さんの他の小説を読んで、「合わない」と感じた人もぜひ読んでみてほしいのが表題作。どんでん返しがあるのでミステリー好きな人でも楽しめる。

 本書には他に3編、タイプの異なる短編が収録されている。

“大学生の夏休みは時間があり過ぎる。だから、こんな風に男の子を監禁なんてしてしまうのだ”(『秘密の花園』)
“性別をいくら奪われても、私たちは恋をする。恋は性別の中にあるわけじゃないからだ”(『無性教室』)
“私たちは変容動物よ。所属するコミュニティに合わせて、模倣して、伝染して、変容するの”(『変容』)

 どの短編小説も村田沙耶香節全開だ。それだけではなく、読者は読みながら自分の日常を振り返り思う。

「今の私たちの常識って、どこからきたのかな」

 村田ワールドの余韻は、いつまでも私たちの心に残り続ける。

文=若林理央