「婚約破棄」の運命に抗え! 乙女ゲームの世界の“お約束”を打ち破る、悪役令嬢とのラブコメ

文芸・カルチャー

更新日:2020/4/15

『僕は婚約破棄なんてしませんからね』(ジュピタースタジオ/一迅社)

 ネット小説を中心に流行している「異世界転生もの」には、いくつかのサブジャンルが存在している。そのひとつが「悪役令嬢もの」だ。悪役令嬢とは、その名の通り、身分の高いいじわるな若い女性のこと。昔から、主人公たちの行動を邪魔する物語上の“障壁”として存在してきた。「異世界転生もの」の一部では、主人公がこの「悪役令嬢」に転生し、その運命に抗うというストーリーがお約束になっている。

 本作『僕は婚約破棄なんてしませんからね』(ジュピタースタジオ/一迅社)も、この「悪役令嬢もの」の派生形なのだが、お約束の裏をかく絶妙なアレンジが加えられている。タイトルに「僕」と入っているように、主人公は悪役令嬢に転生した女の子ではない。「僕」の正体は、ファンタジーの世界を生きる一国の王子で、物語のヒロインこそが、「異世界転生した悪役令嬢」なのだ!

 ラステール王国第一王子のシン・ミッドランド。まだ10歳の少年である彼のもとに、はやくも婚約の話が来ていた。相手は、侯爵令嬢のセレア・コレットだ。黒髪ロングのかわいらしい女の子なのだが、シンの姿を見るなり悲鳴を上げて倒れてしまう。いったいなぜ、と疑問に思ったシンは、セレアの屋敷にお見舞いに行くことに。理由を問い詰めると、彼女が何やら不思議なことを話しはじめる。

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「みたことあるんです、このイベント」

 彼女は、ここが「乙女ゲーム」の世界であり、シンとの出会いは、そのゲームで実際にプレイした内容だったというのだ(念のために説明しておくと、乙女ゲームとは、女性向け恋愛シミュレーションゲームのこと)。そして、ゲームにおける「セレア」の役は、いわゆる「悪役令嬢」。シンとは婚約するものの、彼は最終的に乙女ゲームの主人公と恋に落ちる。その結果、セレアは「婚約破棄」されてしまうというのだ…。

 ここでようやく、タイトルの意味がわかるだろう。『僕は婚約破棄なんてしませんからね』とは、婚約破棄の未来が待ち受けるシンとセレアが、その運命の強制力に抗うということ。彼女から事情を聞いたシンは、セレアとの結婚を約束する。だが、事は簡単には進まない。この世界には、シンと結ばれることを運命づけられた乙女ゲームの主人公・リンスがいるのだから…。

 結婚を誓ったセレアと、運命で結ばれたリンス。この究極の2択に揺れるシンの姿が、本作の最大の見どころだろう。セレアとともにあれこれ考えながら、乙女ゲームの運命を変えようとするドタバタ劇も楽しい。ひねりのきいた設定で読者を惹きつけながら、昔から変わらない王道ラブコメのおもしろさも兼ね備えている。

 巻末には、書籍版書き下ろし短編「ヒロインの憂鬱」も収録。リンスの視点からシンとの出会いが語られているから、「小説家になろう」版を読んでいるファンも要チェックだ。

文=中川凌(@ryo_nakagawa_7)