防衛大臣を辞任に追い込んだノンフィクションが文庫に! 隠蔽された自衛隊の不都合な真実とは?
公開日:2020/4/17
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《以下のレビューは単行本刊行時(2018年2月)の紹介です》
あなたが、非常に困難な仕事をしていたとしよう。進捗は芳しいものではないが、今後に生かすためにあなたは上司へ報告する。だがその報告が、会社の方針、役員の意向に沿うものではないという理由で、無かったことにされたらどうだろうか――?
■前代未聞の辞任劇の背景には何が?
2017年7月、当時の稲田防衛大臣はじめ、防衛省の事務方トップである事務次官、陸上自衛隊のトップである陸上幕僚長が揃って辞任した。そのきっかけとなったのは、本書著者の1人、ジャーナリスト・布施祐仁氏が行った、南スーダンPKO(平和維持活動)へ派遣されていた自衛隊の日報に関する情報公開請求だった。
現地の状況を記したはずの日報は、「廃棄した」として開示されなかった。日報は、その日何が起きたのかを記録し、後の教訓とするもので、自衛隊にとって重要な資料である。秘密というのならまだしも、廃棄されているはずはない――。布施氏は粘り強く調査を続ける。やがて防衛省内部からのリークもあり、ついには日報の存在が明らかとなる。辞任劇は、その隠蔽責任を取ってのものであった。
日報はなぜ隠されたのか? またその時、南スーダンでは実際に何が起こっていたのか? 開示請求の当事者である布施氏の活動記録と、南スーダンに14回潜入し、現地をよく知る新聞社アフリカ特派員・三浦英之氏の2人のルポで構成されたノンフィクションが、本書『日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか』(布施祐仁、三浦英之/集英社)である。
■その時、南スーダンの現地で実際に起こっていたこととは?
2011年、独立した南スーダンを支援するため、国連からの要請を受けて自衛隊のPKO派遣が開始された。しかし2013年、大統領派と副大統領派の間で内戦が勃発、2016年7月には自衛隊の宿営地がある首都ジュバにおいて大規模な衝突が発生する。参議院選挙を控えていた日本国内でこの情勢に関心が向けられることはほとんどなく、記者会見では「散発的な発砲事案」と表現される程度だったが、実際には宿営地の上空を銃弾が飛び交い、一部は宿営地付近にも着弾する状況だったという。
布施氏による日報の開示請求から大臣の辞任に至るまでの記録と、三浦氏による南スーダンの現地取材ルポが、本書では交互に展開されていく。
現地ルポの章では、21世紀の現実とは思えぬほど悲惨な状況が綴られている。灼熱の陽光の下、圧倒的な死と暴力と絶望が支配する日常。少年兵、虐殺、民族浄化…。
本書を読み、ページの向こうに浮かび上がってくるのは、解釈の余地がない客観的な「事実」だ。願望に合わせて現実を解釈するのではなく、事実を正確に把握し、冷静な判断をすることが必要だろう。
■「隠蔽」の構造から、何を教訓とするか?
日報は、組織ぐるみで隠蔽されていたことが明らかとなる。それを自衛隊へ指示していたのは、防衛省の背広組(事務方)幹部だったとされる。その背景には、日報の内容が知られれば政府に迷惑をかけるという「忖度」があったのではと著者は推測する。
公開対象となるものについて、都合が悪いから隠すというのは、民主主義の理想から外れている。これは現場の自衛隊員の声を握りつぶしたにも等しい。命がけで任務にあたった隊員たちの活動に対し、誠実さを欠く行為でもある。
大臣らの引責辞任をもって事件は幕引きとなったが、隠蔽は特定個人のせいとされ、都合が悪いことを隠す組織の体質は変わっていない。それは防衛省だけの話ではなく、不祥事を起こす企業にも同様の構造があるのだろう。
仕事や人間関係においては、様々な立場の人間が、それぞれの都合で意見を言う。その中で、ある特定の人にとって不都合なことはどこでも起こり得る。それを明らかにすれば議論に時間がかかる、面倒だからさっさと進めたい…。気持ちはわからなくもない。しかし、そこに「隠蔽」が起こる余地が生まれる。
隠蔽というのは、どの組織でも、どの個人にも起こり得るのかもしれない。だが、重要な問題であればあるほど、都合が悪くても隠すことなく、時間をかけて話し合うべきだろう。本書の「日報問題」から教訓とすべきは、真実を伝える勇気なのではないか。
文=齋藤詠月