豊富な栄養源を含む完全食品!辺境の惑星で化石調査隊が見つけた食糧源とは?/“カツブシ岩”『7分間SF』①
公開日:2020/4/25
辺境の惑星で調査隊が出会った食料資源“カツブシ岩”の正体とは? 思わずあっと驚く結末が今度もあなたを待ち受ける!1話7分で読めていつでもどこでも楽しめる、人気のSF作品集。
カツブシ岩
辺境の惑星クロッカスで化石調査隊一行が見つけたものとは?
「カツブシ岩を調べたいとね」
赤銅色に日焼けしたイップは、口の中のものを、くちゃくちゃと噛んだ。
「そいつはまた、酔狂なこった」
GEMクルーザーのステアリングを握ったスターク博士は、そいつが酔狂なことだとは思っていなかった。惑星クロッカスにおける伝説の巨獣ビヒモスの絶滅は、重要な学術上の問題だったし、そのビヒモスが呑んだと伝えられている財宝運搬船の存在は、最近新たに発掘された粘土板によって、ほぼ証明されたと考えられるのだ。これは、世紀の大発見だった。
スターク博士は、ステアリングを切って、大きな砂丘の裾を左に回り込んだ。GEMは、緩やかな風紋に沿う形でバウンドする。スターク博士は、頭上を見上げて、調査隊の飛行船が追尾してきていることを確かめると、『現地ガイド』のイップに訊ねた。
「この方向でいいんだね?」
この砂漠では、地図やコンパスよりも、地形に慣れた現地人の目のほうが当てになる。砂の中に含まれる大量の磁化鉄が、磁気式コンパスや精密なジャイロコンパスを狂わせるのだ。
「だいたい、いいぞ」
イップは、呑気な声で答えた。
「ただ、ネコトカゲの群れに襲われたくないなら、もう少し、西に寄ったほうがいい」
スターク博士は頷いて、車体を横滑りさせた。砂漠を徘徊するのは、現地人だけではない。体長二メートルほどのネコトカゲは、肉食性の危険な獣で、これまでに何組もの探検隊や学術調査隊が犠牲になっている。ネコトカゲの群れは、何日もじっと身を横たえているから、一日二回の砂嵐で半ば砂に埋まっていて、慣れた現地人の目でないと、砂丘と見分けがつかないのだ。
ネコトカゲの群れを避けながらまっすぐ南に進むと、黒々とした『カツブシ岩』の輪郭が、地平線上に見えてきた。巨大だ。航空測量によれば、ピーナツの殻のような形のその岩は、高さ二十メートル、幅三十メートル、全長百メートル近くある。
スターク博士は、答えのわかっている問いを発した。
「あれか?」
「ああ」
イップは、揺れるシートの上で、ポケットから出した褐色の石を削っていた。鋭い石のナイフを器用に操って、かんなくずのような薄片を切り出している。スターク博士は、内心の興奮をそのまま口に出した。
「あれは、ビヒモスの化石だ。全てのカツブシ岩は、ビヒモスの化石なんだ。わたしは、そう確信するに至った」
イップは、面倒くさげに答えた。
「そうかね」
「そして、あの特別な岩の中には、古代の財宝運搬船が眠っているはずだ」
「ほほう」
「君がネグダグ遺跡で菱形の石を見つけてくれたおかげだよ。それで、あの決定的な粘土板が手に入った。あれこそ、画期的な発見だった」
「そいつはよかった」
イップの口調は、あいかわらずそっけなかった。
おかしなことに、惑星クロッカスの砂漠地帯に住むイップたち現地人は、自分たちの祖先が運行していた財宝運搬船にも、遠い昔に絶滅してしまったビヒモスにも、全く関心を持っていないように見える。彼らは、砂漠を気ままにうろつき回るだけの、怠惰で無目的な生活に慣れてしまっているのだ。それというのも、化石食料資源に恵まれすぎているせいだと、スターク博士は思っていた。
化石食料資源──今、イップが口の中でくちゃくちゃ噛んでいるものこそ、それだった。クロッカスでは、それは、『カツブシ石』と呼ばれている。外観はこぶし大の石のようで、重量は乾燥した軽量木材ほど。現地人はそれをどこから掘り出してくるのか、よそ者には決して知らせないが、ありかを知っている者には、簡単に掘り出せるらしい。彼らは、石か金属のナイフでそいつを削って、口に運ぶ。
数年前にクロッカスに派遣された探検隊は、砂漠でネコトカゲに襲われる前に、この『カツブシ石』の分析を終えていた。驚いたことに、『カツブシ石』は、豊富な蛋白質、ビタミン、ミネラル、脂肪、炭水化物を含む完全食品だった。まさに、『化石』なのだ。太古にクロッカスの地表に生きていた動植物の死骸が堆積し、砂漠の乾燥した気候と、惑星クロッカス特有の『カツブシ菌』が、それを化石に変えたものと考えられていた。この星系の太陽が数千年前から発するようになった有害な放射線のおかげで、今は死滅してしまっている『カツブシ菌』は、死骸の中に菌糸を張り巡らせて、水分を徹底的に吸い上げる。だから、ただ乾燥させるのと違って、内部までカチカチに固まった『カツブシ石』が出来上がるのだ。
その組成はともかくとして、『カツブシ石』は、太古から贈られた保存食料で、かつての人類が、化石エネルギー資源で怠惰に食いつないできたのと同様、少数のクロッカス現地人が、農耕や狩猟、牧畜に真面目に取り組まなくても生きていけるのは、『カツブシ石』のおかげなのだった。
スターク博士は、GEMのオートクルーズをセットすると、平和な顔つきで薄片を噛んでいるイップに向かって訊ねた。
「『カツブシ岩』が、でっかいカツブシ石だってことは、知ってるんだろう?」
スターク博士が、その事実を知ったのは、第三次調査隊の地震波解析を見た時のことだった。カツブシ岩は、岩にしては驚くほど軽かった。通常のカツブシ石よりは重いが、表面の組成は、ある種のカツブシ石にそっくりなのだ。
イップは、真面目な顔で、スターク博士を見上げた。
「もちろん。そうでなきゃ、どうして、『カツブシ岩』なんて名前をつけるかね」
「あれを削って、喰ってみようとは思わないのか?」
博士の質問に、イップはかぶりを振った。
「ありゃあ、でかすぎるし、堅すぎる。もっと手頃なカツブシ石は、いくらでも採れる」
スターク博士は、小柄な現地人を見下ろした。人類と起源を同じくするヒューマノイドだが、背丈は一メートルと少ししかなかった。体表面積が広いにもかかわらず、砂漠に適応したクロッカス人の代謝率は低い。彼らにとっては、一日にこぶし大のカツブシ石一つで充分なのだ。何もあくせく働く必要はないというわけか。博士は、意地の悪い質問を発したくなった。
「それでも、化石資源だ。いつかは枯渇してしまうだろう?」
驚いたことに、イップは、真面目な顔で頷いた。
「そうなんだ。だから、長老会議は、おれたち若い者に何とかしろってうるさい。自分たちゃ、これまで何もしてこなかったくせにさ」
「で、何とかなりそうなのか?」
イップは、落ちくぼんだ目を擦り、哲学的な表情でカツブシを噛んだ。
「いつだって、何か方法が見つかるもんだよ。あんただって、最後には粘土板を見つけただろう?」
スターク博士は、誇りに満ちた顔で頷いた。
「そうだ。君が言った通り、ネグダグの遺跡は大当たりだった」
ネグダグ遺跡の浅い砂に埋もれていた粘土板には、ビヒモスの姿だけではなく、太古の財宝運搬船の積荷目録と、ほぼ正確と思われる難破地点についての情報が刻まれていた。スターク博士は、土地の古老の助けを借りて粘土板を解読すると、精力的な資金調達活動を開始し、ついにある財団を説得することに成功したのだ。
今、その財団が出した資金で急遽仕立てられた総勢八十名の研究者、学生、技師、ハンター、作業員、それにコックからなる一隊が、探査資材のひと山とともに真空球飛行船に乗って、GEMの後ろをのんびりと追尾してきている。
イップは、口の中のカツブシを飲み込んだ。
「現地に着いたら、どうするんだね?」
「まず、全ての資材を下ろして、テントを設営する」
と、スターク博士は答えた。
「宿営地の周囲にハンターを配置して、ネコトカゲの警戒に当たらせる」
イップは、考え深げに頷いた。
「奴らは物騒だからな。それから?」
「『カツブシ岩』に、振動計とオートハンマーを設置して、内部構造を解析する」
博士の答えに、イップは、少しだけ興味を惹かれたように見えた。
「なんだかよくわからないが、船を探すのか?」
スターク博士は、頷いた。
「まあ、そういうことだな。それから、有望そうな場所に向かって、ボーリングを行う」
「ボーリング?」
「何十メートルも──何十背丈も長さのあるシリンダーを打ち込んで、円筒状のサンプルを採取するのさ」
「カツブシをか?」
「うまくいけば、それ以外の何かが引っかかってくるはずだ」
「コグレグのかけらとか?」
「そういうことだ。イップ、カツブシが欲しいか?」
イップは、静かな微笑みを浮かべた。
「カツブシは、いつでも欲しいよ。くれるのかい?」
スターク博士は、前方を睨みながら頷いた。
「大量の削りクズが出るはずだ」
「そりゃいい」
イップは頷いた。
「多少堅くても、長老会議が喜ぶだろう。しかしなあ、八十人か」
スターク博士は、いぶかしげに、現地人ガイドの赤銅色の顔を見つめた。
「八十人がどうかしたか?」
イップは、目を伏せた。
「何でもないさ。カツブシに八十人なんて、大したもんだと思っただけだ」
確かに大したものだと、スターク博士は思った。しかし、機材を設置し、データを取り、それを解析するのに、どうしてもそれだけの人数が必要なのだ。砂漠では、スピードがものを言う。時間がかかるほど、生活資材の消費が増加するし、保険料もかさんでくる。ネコトカゲのおかげで、保険の等級は最高レベルに引き上げられている。詳細な調査をするだけの値打ちがあると証明するのに、何日もかけるわけにはいかないのだ。
GEMの前方で、ピーナツ殻の形をしたカツブシ岩が、次第に大きくなってきた。