現地人・砂漠の民に伝わる“巨獣が呑み込んだ財宝運搬船”の伝説/“カツブシ岩”『7分間SF』②

文芸・カルチャー

公開日:2020/4/26

辺境の惑星で調査隊が出会った食料資源“カツブシ岩”の正体とは? 思わずあっと驚く結末が今度もあなたを待ち受ける!1話7分で読めていつでもどこでも楽しめる、人気のSF作品集。

『7分間SF』(草上仁/早川書房)

 スターク博士は、粘土板から複写した巨獣ビヒモスの絵を折り畳みテーブルに広げて、目の前のカツブシ岩と見比べた。

 絵から、装飾的な三本の角と、とげだらけの尾を取り去り、牙の生えた円形の口を閉じさせ、大雑把な輪郭だけを比べてみる。

 見れば見るほど、そっくりだった。

 絵では、椰子に似た樹木が植わっている背中は少しくびれていて、巨大な臀部に向けて、なだらかに傾斜している。頭部にあたる膨らみは、それよりも少し小さい。

 スターク博士は、手を伸ばして、カツブシ石をくちゃくちゃ噛みながら無表情にカツブシ岩を見上げているイップの肩を叩いた。

「見ろ。あれだ。間違いない」

「そうかね? おれには、他の岩と同じに見えるが」

 スターク博士は、そうは思わなかった。こいつは、特別な岩なのだ。

 スターク博士の研究は、最初から潤沢な予算に恵まれていたわけではなかった。博士は、単独でクロッカスにやってきて、独自の調査を進めてきたのだ。航空写真の解析に、すでに知られている遺跡の発掘調査、土地の古老からの聞き込み。

『カツブシ石』というのと同じく、『巨獣ビヒモス』というのは第一次探検隊が命名した呼称で、現地ではその伝説の生き物は『ヅガッダグドマネング』と呼ばれている。銀河中で採集される、よくある伝説の一つだ。かつて、大海に(あるいは、大空に)、島ほどの大きさの巨獣が棲んでいた。その巨獣の背中には植物が茂り、誤って近づいてくる船を丸呑みにする──。

 地球には、ヨナやピノキオの伝説が残っているし、ランドバーでは巨鳥スマックの言い伝えが、タイクォーには巨魚ザンドラジバンの神話がある。

 しかし、スターク博士は、他でもないクロッカスの伝説に、興味を持ったのだった。

 現在のクロッカス人は砂漠の民で、海を見たことのない者がほとんどだ。それなのになぜ、船を呑む巨獣の伝説を持っているのか。初期調査によれば、クロッカスのダググ大陸北西部が砂漠化したのは比較的最近──たかだか数千年前のことだった。それまで、確かにこの地には内海が広がっていた。すっかり怠惰になってしまったクロッカス人自身からは、自分たちが海の民の末裔だという記憶は失われている。しかしそれでも、巨獣に呑まれた財宝運搬船の伝説だけは、保持されてきたのだ。

 ひょっとすると、『ヅガッダグドマネング』という巨獣は、かつて本当にこの地に存在したのではないか?

 スターク博士がそう思い始めた頃、カツブシ岩付近の地震波解析結果が目に留まった。砂漠のあちこちに散在するカツブシ岩は、岩石とは思えないほどに軽く、全て同じようなピーナツ殻形状をしている。

 もしも──と、スターク博士は思った。もしも、何らかの天候なり地殻なりの変動で、内海が急速に干上がったのだとしたら。

 もしも、その際、魚の死骸にカツブシ菌が作用して、カツブシ石が産成したのだとしたら。小さな魚の化石は砂に埋まってカツブシ石となり、巨獣は埋もれることなく、カツブシ岩として今も身を晒しているのだとしたら。

 砂漠では、話し相手が少ない。だから、スターク博士は、煙草や酒などの嗜好品で雇った現地人ガイドのイップに、自分の調査について詳しく語り聞かせた。巨獣ビヒモス──『ヅガッダグドマネング』の伝説については、イップ自身、よく知っていたし、何人もの古老を博士に紹介してくれた。そして、ネグダグの遺跡で、ついに問題の粘土板を発見した時にも、イップが立ち会っていたのだ。実のところ、菱形の平らな石板の下を掘るように示唆したのは、この現地ガイドだった。菱形は、「だいじなようなもののしるし」だと言って。

 イップが言った通り、菱形の石板の下には三枚半の粘土板が埋まっていた。そして、一枚目の粘土板には、船を呑み込もうとしている『ヅガッダグドマネング』の姿が、二枚目には、財宝運搬船『ダゴドガングム』が難破したと言われる場所──ダングドゥの東、夏至の落ち陽にグゥガ岬が重なるところ──が刻まれていた。残りの一枚半は、財宝運搬船の積荷目録だった。古代都市ダングドゥの場所はわかっていたし、グゥガ岬は同じ名前の砂丘として今も残っていた。スターク博士が、コンピューターによる地形解析をかけた結果、巨大なカツブシ岩のひとつ──まさに、今見上げているカツブシ岩の位置が、難破地点にぴったりと重なった。

 スターク博士は、まさに欣喜雀躍した。研究資金は枯渇しかけていたし、単にカツブシ岩が絶滅した巨大生物の化石であるという仮説だけでは、どこの財団も興味を持ってくれそうになかった。ネコトカゲのおかげで、クロッカスの砂漠地帯は危険な場所と目されており、調査団や発掘隊に要する保険費用は、膨大な額にのぼっていたのだ。

 カツブシ岩が巨獣ビヒモスの化石だって? それは結構。誰が、そんな馬鹿でかいカツブシを欲しがる?

 しかし、財宝運搬船が絡んでいるとなると、話は違ってくる。古代の財宝は、いつでも、人々の興味を惹きつけるものだ。伝説と粘土板によれば、『ダゴドガングム』は、コグレグ(金塊)と、ミガヅング(緑の石──おそらくはエメラルド)他、当時の宝飾品を山ほど積み込んでいたことになっているのだ。それがなかったら、どこの財団も、カツブシ岩調査計画なんかに見向きもしなかったろう。

 これからは違う。この最初の試掘で何かが見つかれば、ほうっておいても、いくつもの発掘隊が仕立てられるはずだ。スターク博士は、むしろ、舞台の袖に押しやられてしまわないように努力しなければならない。

 何かが見つかれば。

 今、カツブシ岩の周囲には、大量の金属パイプで足場が組まれていて、ヘルメットをかぶった技術者たちが、設置したオートハンマーと振動計を忙しく点検している。振動計からの無線信号を受ける防塵型のポータブル・コンピューターは、すでに最初の計算を終えていた。

 腕組みをして巨岩を観察していた比較生物学者が、カツブシ岩の尻の部分を指差した。

「この筋肉は、扇状の尾を駆動して、推進力を生み出すためのものでしょう。もし、あいつがビヒモスなんだとしたらね」

「その尾はどうなったんだろう?」

 スターク博士の問いに、空色のヘルメットをかぶった比較生物学者は肩をすくめた。

「身体に比べれば薄いですからね。風化しちゃったんだと考えられます。もし、あいつがビヒモスなんだとしたら、ですが」

 スターク博士は、顔をしかめた。

「いちいち、もし、なんて言わなくてもいい。胃はどのあたりだと思う?」

 比較生物学者も、顔をしかめた。

「誰も解剖したわけじゃないですからね。はっきり言って、わかりません。しかし、後半身の筋肉組織が、ここまで肥大発達しているのだとすれば、消化器官はその前──前半身後部からくびれの部分あたりに存在すると考えるのが、無難でしょうな」

 イップは、カツブシ石のかすを口から吐き出すと、古代の叡智を伝えるような重々しい声で、言った。

「うん。胃はだいたい、腹の底にあるな」

 スターク博士は、イップの言葉にさほど感銘を受けた様子を見せず、別の折り畳みテーブルに向かっている地震学者のほうを振り返った。地震学者とその助手は、コンピューターが弾き出した何十枚ものプリントアウトと格闘しているところだった。

「どう思う?」

 博士の質問を受けて、中年の地震学者は、テーブルの上で、コンピューターの描き出したグラフを辿った。

「ちょうどそのあたりに、いくつか空洞がある」

 スターク博士は、再び比較生物学者のほうに向き直った。

「ビヒモスが、複数の胃を持っていた可能性はあるだろうか?」

 比較生物学者は、肩をすくめた。

「何だってあり得ますよ。奴が、何を食っていたかもわからないんだ」

「ヅガッダグドマネングは、船を食ってた」

 再び、イップの言葉を無視して、スターク博士は、地震学者に質問した。

「空洞の中に、金属は見つからないか?」

 地震学者は、顔を上げて、博士を見返した。

「この計器の精度じゃあ、そこまでは無理だ。直径五メートルの鉄球でも入ってりゃ、話は別だがね」

「空洞の大きさは?」

「一番でかいので、直径七メートルってところかな」

「表面からの距離は?」

「横から狙えれば、十メートルと少し」

「じゃあ、そこを狙ってみよう」

 スターク博士は、ピンクのヘルメットをかぶったボーリング技術者を手招きした。汚れで黒ずんだ顔をしたボーリング技術者は、足場のパイプをぽんぽんと叩いてから、テーブルのところまでやってきた。スターク博士は、ビヒモスの絵を指し示して、訊ねた。

「このあたりから、水平に二十メートル。打ち込めるか?」

 ボーリング技術者は、白い歯を剥きだして、笑顔を浮かべた。

「柔らかい岩盤を二十メートルぽっち? お安い御用だ。問題ない。やれるよ」

「じゃあ、頼む。どれぐらいかかる?」

 ボーリング技術者は、カツブシ岩のほうを見た。

「足場を組み直して、冷却用の放水バルブを二カ所に設置する。シリンダーは三本も継げばいけるな。日没までには、掘り抜けるだろう」

 スターク博士は、満足げに頷いた。

「急いでくれ。時間が貴重だ」

 比較生物学者が、首を傾げた。

「それが胃なのかどうかもわからないし、船があるかどうかも不明なんですよ」

「船はある」

 スターク博士は、無理に、声に確信を込めた。これがあやふやな賭けだということはわかっていた。証拠と言えるのは、何枚かの粘土板だけなのだ。しかし、シュリーマンだって、不確かな情報をもとに、トロイの遺跡を掘り当てたのだ。昔の井戸掘りは、木の枝一本で、水脈を辿った。自分だって、文字通りの金鉱を掘り当てないとは限らない。

 地震学者が、からかうような口調で言った。

「もし、何もなかったら?」

 スターク博士は、地震学者を睨み返した。

「何もなくても、サンプルを解析できる。ビヒモスの身体構造を推定できれば、次にどこを掘ればいいか、わかるかもしれない」

「で、また掘るわけだな。しまいには、あいつを、スイス・チーズみたいに穴だらけにしちまうことになるぞ」

 スターク博士は、頷いた。

「そうだ。必要なら、そうする」

「時間は」

 と、イップがのんびりした口調で言った。

「いくらでもあるさ」

<第3回に続く>