人材不足が引き起こす問題。作画崩壊より怖いのは…/『アニメーターの仕事がわかる本』⑨

アニメ

公開日:2020/5/1

長時間労働で低賃金、パワハラ、作画崩壊とか怖いニュースが多すぎ…一体、どんな働き方をしているの? 社会問題にすら発展したアニメーターの働き方と現実を、人気作画監督・西位輝実の実体験と取材。アニメーターの世界を歩くための、ゆるくてシビアな業界入門書です。

『アニメーターの仕事がわかる本』(西位輝実、餅井アンナ/玄光社)

労働環境が厳しくてもオタクにとっては天国!?

もちい:うーん。お話を聞いていると、アニメーターの人たちが働いてる環境ってかなり混沌としてるような気がするんですが。

にしー先生:いやー、ほんとにカオスですよ。他の業界ではまかり通らないことがジャンジャンまかり通っている世界ですから。

もちい:労働時間も長いし、すごく過酷じゃないですか。飛び込んでいったことを後悔したりはしなかったんですか?

にしー先生:実を言うと、私はこの業界に入ってずーっと楽しかったんだよね。もちろん激務で大変ではあったけど、毎日好きなだけ絵が描ける環境っていうのが嬉しくてしょうがなくて。しかも、少ないながらにお金までもらえる!
職場にはアニメ好きしかいないし、「ここはオタクの天国か!?」って思ったくらい。「文化祭前夜のワクワクした空気がずーっと続いている」みたいなイメージで、みんなで徹夜するのもあまり苦じゃなかったし。

もちい:ああ、その感じは想像できるかも! 文化祭前夜かぁ。

にしー先生:私が働いていたのはスタジオだったんだけど、先輩のアニメーターの人が「師匠と弟子」みたいな感じで面倒を見てくれてね。間近で上手い人の絵を見られるうえに、その人が指導までしてくれるわけで。

もちい:絵描きとしては相当に贅沢な環境ですよね。

にしー先生:ただ、私が新人だった2000年ごろと比べると、アニメ業界もだいぶ様変わりしちゃっているんだよね。色々な変化の中で問題も発生してきて、今はまさに混迷を極めている時代なんですよ……。
前途ある若者たちにも「こっちにおいでよ」と軽々しくは言えない状況になってしまったの。

作画崩壊も避けられない人手不足

もちい:い、今のアニメ業界を揺るがしている問題とは……?

にしー先生:やっぱり一番大きいのは人手不足。これが本当に深刻でねー。

もちい:「アニメーターの人材不足」ってよく聞きますけど、あれってどういうことなんですか? アニメーターになる人が減っているというわけではないですよね?

にしー先生:うーん、アニメーターの人数が減っているというより、作品の数が増えすぎているのが原因の1つかな。今ってクールごとにものすごい数のアニメが放送されているでしょ?

もちい:毎シーズン「全然追いきれないよ~!」っていう思いをしています!

にしー先生:しかも作品数が増えるのと同時に、作品自体に求められるクオリティも格段に上がっている。地上デジタル放送が始まったのもあるみたいだけど、最近のアニメって動きは複雑だし、そもそも絵の密度からして違いすぎるんだもん!
『鉄腕アトム』時代のシンプルな線と比べたら、えげつないほどの違いですよ……。


もちい:とくに大人向けのアニメは、どんどん絵がリアルになっていますもんね。

にしー先生:そう! そのせいで1枚あたりに必要な手間と時間が半端なく増えちゃっている。なのに単価も納期も人員もそんなに変化していないというのが現状なんだ。

もちい:単価も納期も人員も変化なし!?

にしー先生:単価は徐々に上がってはいるんだけど、作業の増加量には全然見合ってない。あとは納期がカツカツすぎて特急料金が上乗せ、っていう形になったりもするんだけど、それも予算に組み込まれてないお金を止むを得ず出しているわけだから、決して良いことではないよね。
制作会社は消耗するし、アニメーターも大変だし。要するに、そうやって現場に負荷がかかりまくった結果、ネットで騒がれているような「作画崩壊」、「放映が落ちる」という現象も免れなくなってしまった。

もちい:キャラクターの顔が妙に味わい深くなっている回とか、見かけると「これは!」ってなりますよね……。ううっ、でもあれが避けられない現場の状況を思うと心が痛いです。

人手不足が引き起こす本当に怖いこと

にしー先生:しかも、その人手不足がさらに業界を消耗させる原因を作っているんですよー! 何がやばいかっていうと、「人がいなすぎて人を選べない」
上手い人はだいたいスケジュールが埋まっているから、人員を確保しようと思った場合、まだ実力の追いついていない人や、素人のような技術のレベルの人にも頼まざるを得なくなっちゃっている。
どの制作会社も「下手でもなんでもいいから、とりあえず引き受けてくれる人なら何でもいい!!」って感じなの。

もちい:ひええ。実作業が大変になりそう。

にしー先生:もちろんその都度現場は大変なんだけど、長い目で見たときにもっと怖いことがあって。
つまり、「仕事があり余っているせいで、技術がないアニメーターでも仕事が続いてしまう」っていうこと。

もちい:え! どういうことですか?

にしー先生:本来だったら、技術が追いついていない人には仕事は来ないはずなんだよね。そうなればどこかで「このままじゃダメだ、上達しないと」って思ったり、場合によっては「この仕事、自分には向いてなかったのかな」って諦めがついたりする。だけどどんな形でも仕事が繋がってしまえば……。

もちい:自分の技量と向き合ったり、引導を渡してもらったりする機会がなくなっちゃうってことですよね。うう……、それはある意味、仕事がないよりも残酷なことなのかも。

続きは本書でお楽しみください。