キャッシュレスは寂しい? 即位の礼の秘話も収録…新時代の幕開けに林真理子は何を見たか
公開日:2020/4/25
林真理子さんのエッセイは歯に衣着せぬ発言が痛快。気づけば、その独特の世界観から抜け出せなくなっている。そして、新作の『夜明けのM』(文藝春秋)は、林さんの目に映った令和の幕開けを知れるユニークな1冊だ。
2019年10月22日に行われた、天皇陛下即位の礼。そこへ招かれた林さんは十二単やおすべらかしを纏っても、ぴくりとも動かれない皇族の方々の姿を見たり、即位の礼の後に行われた「大嘗祭」や「饗宴の儀」に出席したりする中で、様々な想いを抱いたという。彼女の感性に触れつつ、平成から令和への道のりを今一度噛みしめられるのは、本作の醍醐味だ。
平成が終わる時、私たちは令和という新時代に胸を弾ませたが現在、人々の心はどんよりと曇ってしまった。そんな今、心に灯りをともしてくれるエピソードも本作には収録されている。それが震災で父親を亡くした16歳のA君の話だ。
林さんは東日本大震災で親を亡くした子どもをサポートする「3.11塾」の代表理事を務め、彼らの未来を支えている。その中で知り合ったのが、仙台に住む高校生A君。彼は寿司職人になることを夢見ていた。その夢を林さんが銀座にあるなじみの寿司屋で話すと、親方の厚意で夏休みの間、A君はお店でアルバイトをさせてもらえることになった。
親の死という、言葉にもできない悲劇に見舞われたA君は「働く」という経験を通して、大人への階段を歩み出し、アルバイト終了後には林さんにこんな言葉を語ったという。
“「あの、僕の生まれて初めてのバイト代で、お父さんにいいお線香を買っていってあげたいんですけど」”
目を逸らしてしまいたい現実を受け入れようと努力し、前へと進み続けるA君。置かれている状況は違えど、その姿は今の私たちに前を向き続けることの大切さと絶望の乗り越え方を教えてくれているように思えてならない。
痛快なのにホロリと泣けて、自分の価値観を振り返りたくなる。林さんのエッセイの魅力は、そんなところにもあるのだ。
キャッシュレスは本当にいいものですか?
華々しく活躍する作家さんはどこか遠い存在であるように思えるが、林さんのエッセイには親近感が湧く日常も多くしたためられているのが特徴。誕生日を迎え「前期高齢者」になったと自虐したり、億万長者の夢を抱いてビットコインにチャレンジしてみたりするエピソードに「私」を重ねる読者も多いはずだ。
筆者が思わず、自分を重ねたのは林さんのお金の使い方だった。近ごろ世間では○○ペイが続々と誕生し、キャッシュレスの時代となりつつあるが、林さんはキャッシュレス化は本当にいいものなのかと疑問を投げかけ、こんな決意表明をしている。
“ホテルやチェーン店ではカードは使うけれど、つくり手の顔が見えるような小さな店では、これからも絶対に現金で払うつもり。”
お金という目に見える対価をありがとうの言葉と共に贈ることができない。キャッシュレス化は便利な反面、そんな寂しさを生み出すこともあると思う。便利なことと誠意を伝えることは時として、イコールではないこともあるが、私たちはしばしば、その事実を忘れてしまう。スマートフォンひとつで全てが完結する時代はたしかに便利だが、そんな中でも、自分にできる誠意の伝え方を習得していきたい。林さんの金銭観は、そんな決意を芽生えさせてもくれた。
また、海外旅行を精力的に楽しむなど、年を重ねても貪欲に人生を楽しむ姿に触れるたび、私もこんな前期高齢者になりたいものだとも思わされる。
ちょっぴり毒舌で自虐的なのに、不思議と読後は心が温まる。そんな魅力があるからこそ、林さんのエッセイは世界で一番長く続いているウィークリーマガジンの連載エッセイとしてギネス申請されるほどになったのだと思う。この先も林さんがどんな感性で生き、令和をどうしたためていくのか楽しみだ。
文=古川諭香