心霊も事件の真相も視える! 怪談とミステリーが融合する、火村英生シリーズ有栖川有栖による新しい探偵小説シリーズ

文芸・カルチャー

更新日:2020/5/6

『濱地健三郎の幽(かくれ)たる事件簿』(有栖川有栖/KADOKAWA)

 斎藤工&窪田正孝主演でドラマ化されたことでも話題となった、犯罪学者・火村英生シリーズの著者・有栖川有栖氏の最新刊『濱地健三郎の幽(かくれ)たる事件簿』(KADOKAWA)は、ただのミステリーではない。心霊現象にまつわる謎を解き明かす探偵・濱地健三郎をめぐる物語だ。

 黒髪をオールバックに撫でつけ、仕立てのいいスーツを身にまとう紳士然とした男。30代にも50代にも見える年齢不詳の風貌で、ミステリアスな雰囲気を漂わせている濱地の事務所は、新宿の古びたビルの2階にある。とくべつ宣伝しているわけではないし、むしろおもしろ半分に名が広まることを濱地は避けているようだが、なぜか必要とする人の耳には必要とするタイミングで心霊探偵の噂が届く。

 出張で有楽町駅を通るたびに必ず見かける「死」と書かれたTシャツを着る少年。夜の9時58分、もの言いたげに現れる行方不明の姉。伝統あるミステリー研究会の部室で部員たちを襲う幽霊…。どれも常人には見えず、理屈でも解釈できない、不可思議な現象ばかり。だが、その陰には必ず、誰かの暴走した“感情”がある。哀しみ、嫉妬、怒り、無作為な悪意…。生きている人間が、自身の感情を明確に説明することが難しいように、霊もまた、ほとんどの場合、自身がなぜこの世にとどまっているのかを理解しない。だから濱地は、霊の言動からその真意を読みとり、現実に起きる事象と結びあわせて、解決へと導いていくのである。非科学的な現象を、論理的な根拠に基づく推理力でひもといていく――一見、相反するふたつを両立させているところに本作のおもしろさはある。

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 もちろん、解決といってもすべてが解消されるわけではない。怨嗟や執着に飲み込まれた霊が、人間だったころの名残を失い、ただ悪意のかたまりになっていることだってある。濱地がどれだけ、死者をできるだけ苦しまずに解放してあげたいと願っていても、叶わないことはある。

〈いくら嘆いても、わたしたちは世界の理不尽さから逃れることはできない。せめて精一杯の抵抗をしよう。(略)どこにどんな危険が潜んでいるか知れないとしても、この世界は地獄ではない。〉

 本作で、濱地が助手のユリエに向かって言うセリフだ。生きていようと、死んでいようと、そこに人の感情がある限り、喜劇も悲劇も生まれうる。だけどできるだけ悲しい結果にならないように、こじれた感情をほぐそうと尽力してくれる存在は、きっと誰かの救いになる。探偵とは、そのためにいるのではないだろうか。そして、ひとりで抵抗するのではなく、ユリエが――なぜか心霊の才能を開花させつつあるちょっぴり暢気な彼女が隣にいてくれることで、濱地もまた救いを得ているのではないだろうか。

 ちなみに本作は、2017年に刊行された『濱地健三郎の霊(くしび)なる事件簿(角川文庫)』(KADOKAWA)につづくシリーズ2作目。どちらから読んでも楽しめるが、こちらも文庫化されたばかりなのでぜひお手にとってみていただきたい。

文=立花もも