こんな小説解説、見たことない!世界的な有名小説がギャグテイストになる『よちよち文藝部 世界文學編』
公開日:2020/5/11
どうしてカタカナの名前は、覚えにくいのだろう。子どもの頃、私は祖父からよく小説を与えられた。しかし、覚えているのは日本の小説だけで、海外文学は10代以降に読んだものしか記憶に残っていない。
理由はひとつ。海外文学に続出するカタカナの人名に混乱してしまい、なかなか読み進められなかったのだ。
『よちよち文藝部 世界文學編』(久世番子/文藝春秋)。本書の帯にはこう書いてある。
「カタカナ名前が覚えられなくても大丈夫!」
まさに私のような日本人読者にうってつけの世界文学解説書だと思い、手に取った。
ただ世界文学を解説する本は、既にたくさん出ている。このコミックは、どのように味付けしているのだろうか。
スタートを切るのはデュマの『モンテ・クリスト伯』。この小説はカタカナの人名がとても多い。「モンテ」はフランス語で山のこと。カタカナ人名が苦手な著者は険しい山を登るイメージ図を描き、担当編集者と共に登る。
著者が漫画の中で苦しみながらカタカナ人名と戦っていると、『モンテ・クリスト伯』の登場人物を全て日本人名にするという大胆な試みをし、小説の雰囲気を大きく変えた作家黒岩涙香(くろいわ・るいこう)が作中に登場する。黒岩は大正時代に亡くなっているが、登場人物が日本人名になった『モンテ・クリスト伯』は著者を救う。
また、有名なカフカの『変身』も、主人公が変身したのは何だったのかという問いから始まる。様々な意見があるが、カフカは出版社に“絶対虫は描かないで”と指示したそうだ。できあがった初版の挿絵を見て、私たち読者も著者と一緒に「まさか」とびっくりすることになる。
そしてシェイクスピアの『ハムレット』。
“生か死か、それが疑問だ”(訳:福田恆存)
『ハムレット』を読んだことがなくても、このセリフを知っている人は多い。原書では「to be, or not to be, that is the question」と書かれていた。ところが明治7年、この言葉は直訳され、とんでもないことになる。
その後も、このセリフの日本語訳は紆余曲折を経た。三島由紀夫、太宰治などの著名な作家も、現在とは異なる翻訳を試みた。
著者は小説の内容を紹介しながら『モンテ・クリスト伯』は名前、『変身』は虫の種類、『ハムレット』は名台詞の翻訳にスポットをあて、読者の興味を惹く内容に仕立て上げている。もちろんこの3作だけでは終わらない。
もともと月刊文芸誌の連載小説だったドストエフスキーの『罪と罰』は連載ならではの「引き」、ヘミングウェイの『老人と海』は食べ物、ミッチェルの『風と共に去りぬ』は主人公スカーレット・オハラと相手役レット・バトラーの意外な性格に焦点をあてて解説する。
紹介されている海外文学は全部で15作。読みにくい印象の翻訳小説が、あっという間に身近になる。
実はタイトルからもわかるように、本書はシリーズ第2弾である。「日本文学はどうなの?」と興味を持った人には、大好評を博した第1弾『よちよち文藝部』(2012年発行)もおすすめだ。2冊続けて読めば、名作を読む難しさはたちまち面白さに変わるだろう。
文=若林理央