声をかけあうことも許されないふたりの少女の逢瀬…田舎町の閉塞感をバックに描かれる先の見えないガールズラブ
公開日:2020/5/10
美味しい水とお茶くらいしか取り柄のない、一見のどかな田舎町。しかしそこはさまざまなしがらみや同調圧力、いじめが横行する閉鎖的な空間でもあった。そして、そんな小さな町の中で、日々ふたりはひっそりと逢瀬を重ねている――。
西尾雄太氏が描く『水野と茶山』(KADOKAWA)は、田舎町を舞台にしたガールズラブストーリーだ。町の一大産業である茶園側と、そうでない側のふたつに分かれてにらみ合いが続く町で、主人公の水野は“そうでない側”の矢面に立ち町長選に出馬する父の一人娘である。県庁で働く父がいることで、就職口目当てに媚びを売ってくる同級生がいるなど、水野は町の“そうでない側”のちょっとした有名人だ。
一方で、同じように“一大産業側”の有名人もいる。無造作に下ろした癖のある髪の毛とメガネが隠しているが、よくよく見ればすらっとした手足に小さな顔をもつ美しい少女・茶山だ。卒業したあとは家業の茶畑を継ぐことが決まっている。誰に対しても壁を作っており、友達らしい人もいない。
町に対して鬱屈とした思いはありながらも、高校卒業後は東京に出ると決めて割り切って我慢をする水野。勉強も人付き合いも要領よくこなす彼女と違い、町の一大勢力の娘として生まれ嫉妬も買いやすい茶山は、その内向的な性格もあいまってかクラスメイトからひどいいじめを受けている。
はたから見たら、ふたりはこの小さな町で敵同士の関係。仲がいいわけがない。クラスメイトが茶山をいじめる状況に出くわしても、水野は表立って止めたりはしない。
しかし、それとなくいじめっ子たちを追いやったあとは、傷ついた茶山を慰める。かわいそうな茶山に発情してキスをする。ふたりは、誰にも知られないように秘密で連絡を取り合い、人がいない場所で会い、キスやそれ以上のこともする、つまり一線を越えた関係だったのだ。
まだ高校生で、自分の責任が取れない彼女たちは、この町で起こることにいくら阿呆らしいと思っても、自力で外に出ることができない。そんな閉塞的な雰囲気が覆う作品だからこそ、水野と茶山の少し歪んだ、それでいて初々しいラブシーンは刺激的である。
作中、「このせせこましい箱の中で私たちはいくつの仮面をつけかえすごしているのだろう」というモノローグがある。まさにこの言葉が表す通り、この作品はひたすら小さな世界の中を執拗に描き続ける。これは茶山をいじめるクラスメイトの檜山が、友人と楽しそうに笑う姿を見たときの水野の心中だ。そんな檜山にもはけ口が見つからない鬱憤があることが後ほど明かされていくなど、田舎で過ごす思春期の少女たちの描写が巧みだ。
高校卒業後は、地元から脱出するために東京に出ることを決めている水野、一方で地元に残って家業を継ぐことを決めている茶山。まるで最初から別れが決まっているかのようなふたりの関係はどのような結末を迎えるのか。ふたりの青春の行方を見届けてほしい。
文=園田もなか