累計部数、ついに100万部突破! 究極の毒親とその息子を描く『血の轍』8巻発売!

マンガ

公開日:2020/5/19

『血の轍』8巻(押見修造/小学館)

 毒親と聞くと、どのような人を想像するだろうか。

『血の轍』に登場する主人公・長部静一(おさべせいいち)の母親静子は、物語の序盤、ごく普通のやさしい女性に見える。見た目は中学生の母親だとは思えないほど若く美しく、設定を知らなければ静一の姉だと誤解してしまっただろう。

 彼女の狂気はゆっくりと表に出る。蛇のように静一にまとわりつき、彼の初恋を破壊し心を蝕んでいく。

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『漂流ネットカフェ』『惡の華』『ぼくは麻理のなか』『ハピネス』。

 作者である押見修造さんのこれまでの漫画を振り返るとわかるが、作者は不穏な雰囲気で物語を包み込み、底知れない世界へと読者を導く名手だ。そのため、『血の轍』は発表済みの代表作と比べると現実的で、怖さがあまりないと油断してしまった。

 主人公の静一は、どこにでもいる男子中学生だった。学校に行けば友だちと笑い合い、同級生の吹石という女の子に思いを寄せている。しかし彼の日常は、親族で出かけたキャンプで起きた一つの事件により破壊される。発端となったのは母だった。

 その事件を起こした後も、静子は美しいまま不穏な時間が過ぎていく。やがて静一は吹石に告白され両想いになり、一度は母から逃れようとする。だが静子は精神的に静一を追いつめ吹石への恋心も打ち砕く。

 彼の心は深い闇に落ち、学校でもまともに話せなくなる。

 8巻で同級生の男の子たちがふざけながら静一の髪を整える場面がある。1巻では笑い合っていた友だちだ。

 自分と母の世界の中に他人が入り込んだ。静一はそう感じたのかも知れない。彼は失明させる寸前まで同級生を殴る。こうつぶやきながら。

“みんな死んでるくせに…”

 すぐに静子が学校に呼ばれる。彼女は教師やケガをさせた同級生とその母親に謝りながら訴える。

“吹石由衣子ちゃんのせいです。
先生はご存じなかったんですか?
あの子が静ちゃんをたぶらかしてたのを。“

“変な…変なことして。
静ちゃんを。
きたない…
きたなくされちゃって。
だからそのストレスなんです。
心はだいぶ戻ったけど…
まだ全部は
キレイになってなくて。
そうだいね?
静ちゃん。“

 母子関係の異常性が他の登場人物の目にも明らかになった瞬間だった。

 唯一の理解者だった吹石も、最新刊では他の男子生徒にキスされる場面がある。それを目撃した後、ひとり帰り道を歩く静一は、背景と共に版画のようなタッチで描かれ、彼の目に映る世界は既に1巻とはまったく違うものになってしまったことを実感させられる。

 最新刊の終盤、静子はまたしても誰も予想していなかった行動をとる。

 どこまで彼女は突き進んでいくのだろう。彼女が静一に依存するのは、もしかしたら愛情ではないのかも知れない。子どもの人生を操ろうとする、現実にいる「毒親」たちと同じように。

 本書が与えた衝撃は押見作品に慣れ親しんでいるファンだけではなく、初めて押見作品を読む読者にも伝わった。

 一昨年、「このマンガがすごい!2018」オトコ編で9位にランクイン。現在(2020年5月)も連載は続いているが、この物語が最後にどこに着地するのか、まったくわからない。

 怖くても、一度読んだら最後まで追いたくなる中毒性のある漫画だ。

文=若林理央