『乙嫁語り』で学ぶ19世紀中央アジアのお嫁さん事情
公開日:2020/5/23
恋愛や結婚のしきたりは、住んでいる国や時代によって大きく異なります。お相手の選び方から、嫁入り道具、結婚式の方法まで、じつに多種多様。たしか日本でも、平安時代の貴族たちは和歌を送ってプロポーズしてませんでした? こんな風に自分の住んでいる国でさえぼんやりしているので、よその国の結婚文化やその歴史なんてなおさら未知の世界です。
そんな未知の世界を描いたのが、『ハルタ』で連載中の漫画『乙嫁語り』(森薫/KADOKAWA)。19世紀の中央アジアに生きるお嫁さんたちの生活を描いた漫画です。
イギリス人紀行家のスミスが、旅先でいろんなお嫁さんに出会うというのが基本のストーリー。登場するお嫁さんたちの家庭環境や、結婚観など、現代の日本に暮らす私たちとはまったく違うので、とても興味深く読むことができます。
ちなみに乙嫁とは若いお嫁さん”“美しいお嫁さん”という意味だそうです。
結婚相手とはじめて会うのは、式当日?
最初に登場するお嫁さんは、北方の移牧民、アミルさん。弓が得意なアミルさんは、街に定住するカルルクさんのもとに嫁ぎます。
結婚式の日、はじめて対面した2人は驚きます。というのも、花婿のカルルクさんは12歳、一方花嫁のアミルさんは20歳。年の差婚の姉さん女房だったのです。そもそも、この時代の女性は10代で結婚するのが当たり前なので、アミルさんは遅めの結婚。周りから心配の目が向けられますが、共に生活するうちに、2人は少しずつ夫婦としての絆を深めていくのです。年下のカルルクさんが、アミルさんのために強く男らしくなろうとする様子にほっこりします。
さて、アミルさんたちが暮らす地域では、結婚相手の決定権は両親にあります。アミルさんのようにまったく知らない相手のもとへ嫁ぐこともあれば、顔見知り同士で結婚することもあったりするので、適齢期の女性たちは、親が持ってくる縁談をドキドキしながら待っているわけです。
とはいえ、なかにはお婿さん側から断られてしまうケースも。アミルさんのお友達のパリヤさんは、気難しい性格で、近所の評判も最悪です。そのため、なかなか結婚相手が見つかりません。目ぼしい人に何人か会うも、全員からお断りされる始末。
気落ちしていた彼女に、ようやく運命の出会いが訪れます。ウマルさんという青年に心惹かれたパリヤさんは、こっそり彼の情報収集をしたり、パンに想いを込めて贈ったりします。その姿は恋する乙女そのもの。
そんなある日、火事によって用意していた嫁入り道具が、ほとんど燃えてしまうという災難に見舞われます。すぐにでも結婚したかったパリヤさんでしたが、両親から「きちんとした嫁入り道具が揃うまで、結婚は延期」と言われてしまいます。嫁入り道具が揃わないと、結婚式のときに格好がつかないというのが理由だそうです。「なくてもいいじゃん!」…とはならないのが、この時代、この地域の文化なのです。
親の了解なしには結婚できない文化
パリヤさんのお家は、結婚に対してわりとおおらかですが、一方で、親が決めた相手と強制的に結婚させられる家もあります。
スミスは、旅の途中で未亡人のタラスさんに出会います。お互いに惹かれ合い、結婚の約束を交わす2人。ところが、タラスさんの義父に猛反対され、婚約は解消。2人は顔を合わせることもなく、別れることになるのです。
印象的なのは、別れたあとのシーン。「いきなり会わせないで別れろとはあんまりだ」と愚痴をこぼすスミスに、カルルクさんたちは「父親が言ったのなら仕方ない」「父親を裏切らせては、女性が可哀想だ」ということを言います。“家長の言うことは絶対”という文化に生きる人たちならではの価値観ですよね。
タラスさんは結局、義父が決めた相手と結婚することになります。どんなに愛し合っていても、親の了解が得られなければ結婚できないのです。切ないです。
小さい頃から用意する嫁入り道具
たくさんのお嫁さんとともに、中央アジアならではの風習や文化が登場するのも、この作品のみどころのひとつ。
たとえば、アミルさんたちが暮らす地域では、結婚するときに嫁入り道具として、たくさんの布を持っていく風習があります。それもただの布ではなく、細かな刺繍が入ったもの。それらは、すべて手作りで、小さいうちから少しずつ作っておくんだそうです。もちろん、花嫁衣装も手作り。代々受け継がれていくその家独自の文様は、とても鮮やかで繊細です。この刺繍のうまさも、花嫁スキルのひとつだそう。
ほかにも奥さんたちが集うパン焼き竈(かまど)での井戸端会議や、狩りや食事の様子など、中央アジアならではのシーンが満載です。
現在、既刊12巻で、コミックスのあとがきによると、スミスたちの旅は折り返しにかかっているそう。この先、スミスはどんなお嫁さんたちに出会うのでしょうか。知られざる中央アジアのお嫁さん事情、あなたも覗いてみませんか?
文=中村未来(清談社)