さすが夏目漱石! 言葉に込めた真の意味「辞退の儀」/文豪のすごい言葉づかい辞典⑥

文芸・カルチャー

公開日:2020/6/4

夏目漱石、太宰治、三島由紀夫など、文豪の語彙を解説。手紙、メールで使えば、より気持ちが伝わりやすくなる“すごい言葉づかい”が身につきます。文豪ならではの深い教養とあわせて、絶妙な言い回しを学びましょう。

『文豪のすごい言葉づかい辞典』(山口謠司:監修/宝島社)

画/BISAI

日本を代表する文豪オブ・ザ文豪ともいうべき夏目漱石。引用は書簡『博士問題の成行』。漱石は結局、文学博士号授与を辞退した。明治44年(1911)の話。

辞退の儀

意味:へりくだって断ること。困惑しきった状態を説明すること。

よくある言い方:「お引き受けする理由も見当たらず、今回はお断りさせていただきます」

絶妙な言いまわし:「お引き受けする理由も見当たらず、今回は辞退の儀、申し上げます」

夏目漱石『博士問題の成行』より
小生は学位授与の御通知に接したる故に、辞退の儀を申し出でたのであります。それより以前に辞退する必要もなく、また辞退する能力もないものと御考えにならん事を希望致します。

さすが漱石、と感動する言葉の選び方

 現在では、他人のすすめや権利を受けず、引き下がるという意味の「辞退」ですが、漱石はそこに本来の意味を込めています。

「辞退」は、旧字体では「辭退」です。「辭」の左側は「上下から手をのばして、乱れた糸をきれいにほぐしていく」という意味をもっています。右側の「辛」は、その糸を切ってしまう小刀です。乱れた糸をほぐして切る。これが何を意味するかといえば、法廷です。裁判官が事実を整理して、説明していく。これが「辭」の意味することなのです。

「退」は、頭も足も止まって動かない状態を示します。

 頭がいっぱいで足も動かない状態を説明する。これが「辞退」の本来の意味なのです。

 漱石は自分のために文学をしていました。それなのに、文部省(当時)から「学位を与える」といわれ、困惑したのです。その困惑を説明したいと考え、漱石はあえて「辞退の儀」と書いたのです。さすが漱石、と感動すら覚える言葉の選び方です。

<第7回に続く>