あなたのペット、誘拐されていませんか? 20年間で3000件を捜索した「ペット探偵」が説く家出したペットを探すコツ
公開日:2020/5/30
ペットを飼うとはすなわち、家の中に愛と難儀を増やすことではないか。愛犬や愛猫と過ごす時間はかけがえのないものだ。一方で彼らは自由気ままに生きているので、トイレのしつけに苦労し、散歩のマナーに悩まされ、このほか色々と頭を抱えることがあり、愛する存在でありながら胃が痛むときもある。まるで子育てだ。
そしてペットは、ときに家出もする。何かしらトラブルに巻き込まれた場合があれば、大して理由もなく自分からスタスタ家を出ていく場合もある。外は危険だ。命が危ない。だからもう愛情深い飼い主ほど正気を失う。気が気ではない。
もし愛するペットが家出をしたとき、いち早く見つけるにはどうすればいいだろう。それを教えてくれるのが『210日ぶりに帰ってきた奇跡のネコ ペット探偵の奮闘記』(藤原博史/新潮社)だ。著者の藤原博史さんは、1997年に神奈川県にペットレスキューを設立。20年以上の活動で、3000件以上の依頼を引き受けてきた。その依頼のうち約9割がペット捜索。そして約7割のペットを無事に家に送り届けてきた。ネコにしぼれば8割程度。いわばペット捜索のエキスパートで、「ペット探偵」という異名をとる。
本書では、藤原さんがこれまでに出会った、迷子になった犬や猫のエピソードを紹介。あわせて「ペット捜索」のノウハウを伝える。また意外にもペットには「誘拐」の危険もある。なかなか興味深い本書の一部を本稿でご紹介したい。
ネコを探すときは壁面に沿って移動せよ
名古屋に在住の山崎さんは、6匹のネコと暮らしていた。ところが旅行の不在時に、不運にも空き巣に遭ってしまう。山崎さんは完全室内飼育をしていたのだが、突然家に入ってきたドロボーにネコたちは仰天。そのうち御年20の「たいちゃん」がパニックになって割れた窓から逃げたらしい。ネコの20歳は、人間でいえば約100歳。一刻も早く見つけなければ命に関わる。山崎さんは藤原さんに半狂乱で捜索を依頼した(ちなみに藤原さんはペットレスキューで全国を飛び回っている)。
興味深いのはここからである。ネコには「脱走のパターン」があるそうだ。ネコは身体の片側を建物につけるようにして、壁面に沿って移動するクセがある。身体の片側が壁に守られる形になり、安心感が持てるからだ。
そこでネコを捜索するときは、脱走したと思わしき場所に立つ。今回でいえば割れた窓だ。そこから壁面に沿った移動ルートにいくつか見当をつけ、縁の下や物置の下、排水溝の中、茂みの中など、ネコがいそうな場所を探そう。
ネコは近距離を、イヌは広範囲を
ペットを探すとき、捜索範囲はネコとイヌで異なる。まずネコは建物に登ったり、どこかへ飛び降りたり、3次元的な動きをする。そのため長時間が経過しても意外と近距離に潜んでいるそうだ。
ネコの捜索は、近所へのチラシ配布が有効。徐々に範囲を広げながらチラシを配って目撃情報をゲットしよう。チラシを作るコツは「写真を大きく、文字は少なく」。そして写真は可愛いものではなく、個体の模様や特徴がはっきりわかるもの。チラシを印刷するときは、インクがにじまないコンビニ印刷がオススメだ。
一方イヌはネコよりはるかに平面的な動きをする。数百メートルの距離も短時間で駆け抜けていくため、チラシだけでは効果が薄い。そこでポスターやインターネットを使って、広範囲に情報を発信して目撃情報を得よう。また逃げ出した直後は、いつもの散歩コースを「謳歌」していることがあるという。そこで散歩コースで出会った人々にチラシを渡して情報を得ることも大事だ。
さて、山崎さん宅から行方をくらましたたいちゃんは、藤原さんが駆けつけたその日に、チラシを配った近所の家の敷地内で発見。100歳のご老体の脱走劇は無事に解決した。
愛犬が誘拐された恐るべき真相
本書ではショッキングなエピソードも紹介している。それは北海道に住む伊東さんの捜索依頼から始まる。伊東さんは小型犬のヨークシャー・テリアを室内で飼っていたのだが、買い物に出かけた間にいなくなったという。藤原さんはすぐに捜索を開始したが、見つからない。そのうち1週間が過ぎて、いったん捜索が終了。伊東さんは悲しみに暮れた。
ところがその後、劇的な展開を迎える。冗長になるので一部割愛するが、20キロ離れた家で保護されたというのだ。藤原さんから連絡を受けて、伊東さんが愛犬を迎えに行くと、元気な姿で再会を果たした。
さて問題はここからである。伊東さんがその家の人と会話を交わしていると、愛犬を保護した人は別にいると判明。そこで「ぜひ保護してくれた人にお礼を言いたい」というと、「姉が保護した」そうだ。「お姉さんはどちらで保護されたのですか?」と聞くと、「家の近く」と答える。
そして伊東さんは血の気が引いた。「お姉さんはどちらにお住まいですか?」と尋ねると、伊東さんの家の近くらしい。恐る恐るお姉さんの名前を確認すると…なんと隣の家の奥さんだった。
つまり伊東さんの愛犬が消えた真相はこうだ。隣の奥さんは何かしらの理由で、愛犬に不満を持っていた。そこで伊東さんが買い物に出かけた隙に、何かしらの方法で愛犬を誘拐。それを「捨て犬を保護した」ことにして、20キロ離れた場所に住む妹に譲った。
藤原さんは捜索当初、隣の家に目撃情報を尋ねに行っている。そのときは真面目そうな主婦が「知らない」と応対した上、「心配ですね」と労ったそうだ。当事者でなくとも寒気がする事案である。
このように不満を持った者の犯行、男女間のトラブルで恋人のペットを誘拐するケースなど、身近な人によるペット誘拐は意外と起きる。
そんなときは情報戦がカギだ。誘拐犯の家の近所の人から目撃情報を得るために、心情に訴えかける情報発信や、謝礼金を用意して話題性を生み出す方法があるという。しかし本書を読む限り、誘拐の場合での捜索はなかなか難しそうな印象を受けた。
本稿では、ペット捜索に関するノウハウをメインに取り上げたが、本書の見どころはなかなか多い。タイトルにもなった「210日ぶりに帰ってきたネコ」のエピソードは、かなり特殊な事例だが読み物として面白い。
また藤原さんがペット探偵になった経緯も想像を絶していた。小さい頃から生き物が好きすぎて家族や学校に迷惑をかけ、そのうち居場所を失った藤原さんは、中学生にして路上生活者になってしまう。その後、いくつかの仕事を経てペット探偵になった藤原さんの人生は、波瀾万丈の一言に尽きる。
個人的な考えだが、この本はペットを飼っていない人、これから飼おうと思っている人にも読んでほしい。なぜならペットを飼うことはめんどくさいからだ。どれだけペットに面倒をかけられても、愛おしいと思える人だけに「飼い主」になる資格がある。ペットを飼うとはすなわち、家の中に愛と難儀を増やすこと。ペット探偵の奮闘ぶりは、その大前提を体現しているのである。
文=いのうえゆきひろ