アートはとっつきにくい? 「得体のしれないインプット」が新しいあなたをつくる
公開日:2020/5/27
クラウドファンディング・プラットフォームMOTION GALLERYで、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で閉館の危機にさらされている全国の小規模映画館(いわゆるミニシアター)を守るためのプロジェクト「ミニシアター・エイド(Mini-Theater AID)基金」が、3億円超を集め話題となっている。支援者は約3万人。いったい何が多くの人々の心を動かしたのだろうか? そのひとつのヒントが『世界観をつくる 「感性×知性」の仕事術』(水野学、山口周/朝日新聞出版)に書かれている。
くまモンの考案や久原本家「茅乃舎」のブランディングなどで知られるgood design companyの代表でクリエイティブ・ディレクターの水野氏と、『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』や『ニュータイプの時代』など数々の人気書籍の著者・山口氏。本書は、今求められている考え方や働き方に関する両氏の対談をたっぷり収録した1冊だ。
興味深い多様な話題を網羅している中から、ここでは「時間の使い方」に話題を絞って、冒頭に紹介したミニシアター・エイド基金のニュースに話を絡めながら本書をご紹介しよう。
一見役に立たなそうなインプットが豊富な知識・経験の元になる
仕事においてインプットとアウトプットを意識することの重要性は、広く認知されている。しかし、「エクセルを学ぶと、この仕事に役立つ」というような、簡単に矢印で結べるようなものとしてインプットとアウトプットが誤認されているのではと両氏は指摘する。
山口「一見、何の役にも立たない、仕事に関係ないような知識のインプットは、物語をつくり、世界観をつくるという形のアウトプットの材料なんです。センスをつくる材料でもありますね。」
水野「インプットした知識が、売れる商品なりサービスなりというアウトプットにつながる可能性が何%かみたいな研究を僕は見たことがない。どのくらいのインプットでどのくらいの質と量のアウトプットが出せるのか確証はありません。でも、たくさんのデザイナー、クリエイターたちを見てきて、豊富な知識と幅広い経験がある人ほどいいアイデアを生むことができるという確信は持っています。」
何に役立つのか? 何の効果があるのか? ――一見得体のしれない絵画・文学・映画・演劇・音楽などのアートにたっぷり時間を費やすには、そういった効率最優先の考え方をひとまず脇に追いやらなければいけない。冒頭で例に挙げたミニシアターというのは、どちらかというとわかりにくく(もちろんわかりやすく明快な作品もある)、観客に問題提起をするような、いわば必ずしも楽しいわけではない映画作品を上映する場だ。それに対して、シネマ・コンプレックス(シネコン)は、「楽しんでもらうこと」を優先し、メジャー作品をメインに上映する場という位置づけだ。
民間の有志で3億円も集めるということは、決して容易なことではない。ミニシアター・エイド基金のクラウドファンディングが3万人もの賛同者を得たという事実は、ミニシアターで「得体のしれない時間」を一度でも過ごしたことのある人々が大勢いるということや、その時間に対する人々の愛着や憧れがいかに強固であるかというひとつの証明だろう。
山口「僕はすべての会社は小さくなり、映画づくりみたいになると考えているんです。プロデューサーがいい原作を見つけて、これをもとに映画をつくろうとお金を集めて、脚本家と監督を決めて、監督と相談しながらキャスティングしていく。プロジェクトごとのチームでいいと思います。」
将来像がある程度予測できるスキルセット獲得に時間を費やすだけでなく、「よくわからないもの」に、先行きどうなるかわからないまま取り組み続け、映画の脚本を書くかのように構想・アイデア・人物相関図を練り上げる――そんな時間もあっていいはずだ。
アートはどうもとっつきにくい…そんな抵抗感がある人にとって、本書は新しい世界へ踏み出す背中を押してくれるはずだ。
文=神保慶政