「あなたに料理はつくれない」――お客の素性を見抜いた店主がそう言い放った理由とは? 悩みに効く小説『マカン・マラン』

文芸・カルチャー

更新日:2020/5/31

『きまぐれな夜食カフェ マカン・マランみたび』(古内一絵/中央公論新社)

自分が彼らを傷つけたとしても、罰なんて当たらない。だって、私は不幸だもの。弱い者苛めをしているわけじゃない。私は、幸せそうな人をディスってるだけだもの――

 健全とは言い難い言葉だけれど、真正面から糾弾することはできない。“持てる者”のように見える誰かに対する妬みとコンプレックスを、毒舌という都合のいい言葉に変えて笑うことには、多かれ少なかれ覚えがあるから。累計10万部を突破した、古内一絵さんの小説「マカン・マラン」シリーズが強く支持されているのは、こうした人の心の弱さ・醜さを、真正面からとらえているところにもあるだろう。

 冒頭のセリフを言った女性・綾が登場するのはシリーズ3作目『きまぐれな夜食カフェ マカン・マランみたび』(中央公論新社)の第1話。就活に失敗し、テレオペのバイトを5年続ける彼女にとって、唯一の憂さ晴らしがSNS上でのディスりだ。とある理由で、マカン・マランの常連でもあるマンガ家を執拗に攻撃していた彼女は、SNS上の情報を頼りに、彼の“運命を変えた”という店にたどりつくのだが、綾の素性を見抜いた店主のシャールに「あなたに料理はつくれない」と言われてしまう。

〈青梅みたいに毒のあるものでも、漬け込むことで、ちゃんと食べられるようになるのよ。人の毒も同じことよ〉と、女装の大男(シャールはドラァグクイーンだ)に言われて、綾は面食らう。彼女は、自分ばかりがかわいそうだと思っていた。だから自分より幸せな人は、少しくらい痛い目にあってようやくトントンなのだと。

advertisement

 でも、一方で、自分にとっては怒りや悲しみにしかならないこと(たとえば客からの理不尽なクレームとか罵倒とか)を、プラスのエネルギーに変えて成長していける人が羨ましくてたまらなかった。毒を吐き散らしてばかりの自分のもとに、穏やかな幸せが訪れるわけがないことくらい、誰より綾がわかっていたのだ。

 だから、どうにもならない妬みやそねみに支配されて眠れない夜は、毒を漬け込むように保存食をつくるのだと――みずからの毒で他者を汚染するのではなく、癒すものに変えるのだという、シャールの言葉が綾を救った。なにをやってもうまくいかないのは、彼女が毒まみれだからではなくて、その使い道をまちがえていたからだと気づけたから。

 本シリーズには珍しく、シャールの料理を食べられなかった綾だけれど、嫉妬の赤を美しいイチゴシロップに変えた彼女の物語は、本作でいちばん光っていたような気がする。

 世界一の肩書を手に入れたのに、料理の本質を見失って味覚障害になってしまった料理人。お金も美貌も手に入れたのに、自分可愛さに傷つくのを恐れ、幸せから遠ざかってしまった女性。綾から見れば、嫉妬の対象でしかない彼らもまた、等身大の愚かさで人生の迷い路にさまよいこんでいる。そんな彼らが自分を見つめ直す機会となる夜食――シャールがみずからの毒をもってお客の毒を中和する過程が、同じように傷つたり憤ったりしている読者の心を救ってくれる。

〈この世に本当に魔法があるとしたら、それはきっと、自分にしか起こせないものよ〉というシャールの言葉を噛みしめる私たちの運命は、読み終えたあと、たぶん少し、いい方向に変わっている。

文=立花もも

♠『きまぐれな夜食カフェ マカン・マランみたび』お品書き♧
第一話 「妬みの苺シロップ」 私は不幸だと思いこむフリーターへ
第二話 「藪入りのジュンサイ冷や麦」 世界一のレストランで修業した若き料理人に
第三話 「風と火のスープカレー」 離婚式を開くことになった、仮面夫婦の奥様へ
第四話 「クリスマスのタルト・タタン」 自分の「終わり」を見据える老婦人に、シャールが贈った言葉と料理