「アダルトビデオだよ、男同士の」読書家で清潔感があり、モテるタイプの熊本くんが…!?/熊本くんの本棚 ゲイ彼と私とカレーライス①
公開日:2020/6/10
顔よし、からだよし、性格よし。そのうえ読書家。なんだか現実味のないイケメン、熊本くん。仲のよい「わたし」は、どうやら熊本くんが、ゲイ向けアダルトビデオに出演している、という噂を聞く…。第4回カクヨムWeb小説コンテストキャラクター文芸部門大賞受賞の小説から、その一部をお届けします。
1 熊本くんとわたし
思いだすのは本棚だ。
大学の同級生だった熊本くんの本棚には、カミュだの三島由紀夫だのナボコフがあり、隅のほうにジュネ、ワイルド、テネシー・ウィリアムズや森茉莉が並んでいた。
文学部に入学したものの、高校の授業で読まされた『こころ』以来、わたしは小説をまともに読んでこなかった。読書感想文はウィキペディアとアマゾンレビューでしのいできた人間である。なんて読書家なのでしょう、と最初にその本棚を見たとき、引いた。
熊本くんは部屋をいつも綺麗にしていた。必要以上に家具はなく、すっきりしていた。別の角度から見れば、寂しく映るのかもしれない。モノトーンを基調とした部屋で、本棚だけに色がある。部屋を訪ねるとまっさきにわたしは本棚へ向かった。
真っ暗闇のなか、自動販売機だけが光っているみたいに。自分が、まるで虫にでもなったみたいに。
わたしの読書遍歴は、学校の課題以外だと熊本くんのおさがりばかりだ。
あの頃、熊本くんの部屋でごはんをご馳走になり、本を借りて帰った。ものが少ないわりに、彼は調味料をたくさん持っていた。みりんや料理酒なんて、わたしは一度も使ったことがない。
「みのりって、熊本くんとつきあってるの?」
教室で見かける同級生がわたしに話しかけてきた。
「え?」
言葉を濁したのは、質問にうまく答えられないからでなく、彼女の名前を思いだせなかったからだ。わたしは同級生の名前を熊本くん以外ろくに覚えちゃいない。
「あ、やっぱり?」
しばしの間から勝手に察したらしい。
「つきあってないよ。なんでそんなこと聞くの?」
たしか芸能人と同じ名前だったはずだ。入学当時の飲み会で、「似ても似つかないんだけど」と照れながら自己紹介していたのを思いだした。
「熊本くんとみのり、仲良しだから、なんとなくそうなのかなって」
文化祭が終わったばかりのキャンパス。ださい看板が壁に立てかけられていたり、片付けきれていないテントが風に揺れている。なんともいえない終末感アンド学生ノリのだらしなさ。わりと嫌いではない。
立ち話もなんだから、とそばのベンチに座った。
「誰か、熊本くんのこと興味あったりするの?」
目の前にいる彼女の可能性もある。気をつけて、わたしは訊ねた。
「熊本くんとみのりがもしつきあっているんだったら、知ってるのか気になって」
歯切れの悪い物言いだった。いいたくないわけでもなさそうだ。むしろ教えたくてしかたがなさそうに見える。
こういうとき、女の子たちの浮かべる薄笑いが嫌いだ。中高一貫の女子校だったから、本当によく見た。
彼女たちは、自分のつかんだ情報を開示して、それを聞いた人間がどんな顔になるのか楽しみなのだ。そして、相手がどう振る舞ったところで、笑う気満々である。
相手が驚いたなら、自分もそうなんだと共感を示し、なんのリアクションもなければ、ふん、格好つけて、と見えない舌をだす。
「熊本くん、なにかあったの?」
わたしは知りたくもないけれど、訊ねた。噂話に耳を傾けてみる姿勢も、ときには必要だ。来年には就活も控えているし、多少自分以外に迎合しようという気持ちもあった。
「熊本くんがビデオにでてるらしいの」
なにをいっているのかわからず、わたしは「はい?」といってしまった。
「そうなんだ。ビデオ」
古臭い表現だなあ、とわたしは思った。
熊本くんは、顔がいい。文学に傾倒しているわりに、身体つきもよい(なにせ中高と水泳部だったそうである)。髪の毛も短くサイドを刈り上げており、清潔感がある。着ている服は、わりとタイトで、なんとなく窮屈そうだった。モテるタイプだ。
もしや街を歩いていて、俳優とかモデルにとスカウトでもされたんだろうか。
「熊本くんかっこいいしね」
「え、だって、あんなビデオだよ?」
「あんな?」
わたしの顔に、「つまらない」と書いてあったのかもしれない。
「アダルトビデオだよ、男同士の」
彼女の勝ち誇った表情に、きっと自分は衝撃を受けているのだろうな、と冷静に思った。