“衝撃的デビュー! 今年ナンバーワンの体育会系イケメン” わたしは息をのんだ…/熊本くんの本棚 ゲイ彼と私とカレーライス③
公開日:2020/6/12
顔よし、からだよし、性格よし。そのうえ読書家。なんだか現実味のないイケメン、熊本くん。仲のよい「わたし」は、どうやら熊本くんが、ゲイ向けアダルトビデオに出演している、という噂を聞く…。第4回カクヨムWeb小説コンテストキャラクター文芸部門大賞受賞の小説から、その一部をお届けします。
ラインがきているのを無視していた。熊本くんの部屋からでてすぐに、スマホを見た。
『いまなにしてる?』
そしてしょぼくれた猫のスタンプ。
『いま友達の家でたところ』
返信してすぐに、メッセージを知らせる振動があった。無視してわたしは歩く。
夜道を一人で歩いていると、幼い頃に戻ったような気になる。もう戻ることのできない場所に、奇跡が起きて辿り着いた。そんな気分になる。もちろんそんなことはない。わたしはあの無力な子供時代に戻りたいのだろうか。
二十歳を過ぎたわたしのまま、ここにいる。年を取った自分は、この道を歩いていたことを思いだしたりするだろうか。何年前の何月何日、といわれても、なんでもない日のことを思いだせるわけがない。なんでもない日々というのは、混ざりあい、忘れ去られ、なんでもなかった印象だけを残す。そこには時間も季節もない。
未来のわたしはいまをどう評するのだろうか。見知らぬ自分なんてあてにしないでおこう。
またスマホが震えた。今度は電話だ。
「ライン返事なかったから」
壮太郎だった。心配、というよりは腹を立てているらしい。いい大人のくせに。
「歩いてたとこだから」
「いまどこ」
「大岡山」
「こんな時間に?」
やっと口ぶりがほぐれてきた。この人が大人の顔でスーツを着て働いているのを想像すると、なんだかおかしい。いつも眉間にしわを寄せている。
「友達の家に長居しちゃった」
わたしはカレーをおかわりし、熊本くんに「大食いだね」と笑われた。二杯目のカレーを食べているとき、熊本くんは見た目がひどくまずそうなプロテインを飲んでいた。しばらくしてから、二十四時間営業のジムにいく、といっていた。
「明日時間ある? 夜」
そういわれ一瞬、面倒に感じた。
「わかった。じゃあ、そういうことで」
多分いつものところで待ち合わせをするんだろう。電話を切ってからラインを開くと、『さびしいなー』と壮太郎からメッセージがあった。さっき無視したものだ。
駅のベンチに座り、借りた『欲望という名の電車』をひらいてみても、頭に入ってこない。スマホを取りだした。
熊本祥介、と検索をしてみる。検索してみても、とくになにもでてこなかった。熊本くんはSNSをしていない。本名でビデオにでるわけがない。後ろ暗いことをしていると感じながら、検索を続けた。
熱中しているうちに電車がやってきた。乗客はみな疲れた顔をしている。自分もそうなんだろう。
今日のことを、未来に思いだすことがあるんだろうか。
友達のことを検索して、なにかをつきとめようとした日。自分にまったく関係がないというのに、事実を知りたいと綺麗事で自分をごまかし、熱中したこと。
ビデオを通信販売しているサイトのページをめくり続けた。ありとあらゆる男たちの裸画像。画面を覗きこまれたら、どれだけ欲求不満なんだ、と呆れられることだろう。
降りるまであと一駅、というところで、見つけた。わたしは息をのんだ。競泳水着だけ履いた、いつもよりきりっとした表情の熊本くんを見つけた。わたしは混乱した。熊本くんの裸をわたしは見たことがなかった。ちょっとボディビルダーみたいだなあ、と思った。広い肩幅と、張っている胸はわかっていたし、腕が太いことだって知っている。腹筋が綺麗に割れているんだなあ、と感心してしまった。ほぼ毎日ジムに通っているらしいけれど、確かに鍛えあげている。
駅を降りて改めてサイトを確認した。衝撃的デビュー! 今年ナンバーワンの体育会系イケメン。
改めて見ても、熊本くんだ。DVDの裏面の画像では、熊本くんはさまざまな体位をして身悶えている。モザイクのかかった性器を、腿を広げ見せている画像もあった。
ありえないほどの巨砲を隠し持つ完璧な肉体美。初出演作品にして最高傑作、フルコースで体験。ひどく煽ったコピーが書かれている。
あの女の子のいっていたことは本当だった。学校で噂になっているのだろうか。誰かがこれを見つけた、ということ。
噂になってしまうのもしかたがないだろうな、という諦めと、騒いでいる連中のくだらなさに、怒りを覚えた。
ただ、わたしが熊本くんになにかいうのは違う。どんな理由で出演したのか教えてもらったところで、なんとコメントすればいいのかわからなかった。