「べつの女と結婚しちゃったわけか」彼氏の結婚式の帰り、熊本くんの部屋に寄ったときのこと…/熊本くんの本棚 ゲイ彼と私とカレーライス④
公開日:2020/6/13
顔よし、からだよし、性格よし。そのうえ読書家。なんだか現実味のないイケメン、熊本くん。仲のよい「わたし」は、どうやら熊本くんが、ゲイ向けアダルトビデオに出演している、という噂を聞く…。第4回カクヨムWeb小説コンテストキャラクター文芸部門大賞受賞の小説から、その一部をお届けします。
壮太郎は乱視の入ったきつい近眼で、目つきが悪い。背は高いけれどひどい猫背だ。新宿伊勢丹前で、所在無さげにしている姿を見つけるたび、じっと観察してしまう。彼は大変律儀で、三分前には待ち合わせ場所に立っている。十分前でも五分後でもない。相手に気を遣わせないように細心の注意を払う。わたしが早くこようが、遅くにこようが、気にしていない態度をとる。
なにしていたのか訊くといつも「人間観察」と答えた。面白い人いた? と質問しても、とくにないね、という。名物のタイガーマスクおじさんが目の前を通り過ぎていっても、コメントは変わらない。彼は顔にでるタイプのくせに、感情が動かされるのを嫌う。
「いつものとこにいこうか」
壮太郎は歩きだし、横のわたしを見ずにいった。
いつもの店、いつものホテル、いつもの行為、いつもの別れの挨拶。いつも、という状態の安全さたるや。わたしも、「いつもの女の子」なのだろう。
「みのりちゃんは発展家だねえ」
壮太郎のことを熊本くんに告げたとき、いわれた。
「そもそも彼氏、高校の友達のお兄さんなわけでしょ。漫画みたいじゃん」
「わりと多いよ。女子校だからかな」
そんなふうになった人をわたしも知らない。
「でもみのりちゃんとはべつの女と結婚しちゃったわけか」
壮太郎の結婚式の帰り、熊本くんの部屋に寄ったときのことだった。引き出物でもらったバウムクーヘンを振る舞った。
「あっちのほうが先につきあってたわけで、彼女さんが語学留学なんてごたいそうなことをされているうちに」
「ねんごろになられたわけですか」
「いいかた」
「いやむしろ最高じゃない。いつも他人のことなんて興味ありませんて顔しているみのりちゃんがねえ。ギャップだよギャップ、むしろ個性でしょ」
熊本くんもめずらしく飲んでいて、ビールの空き缶が床に転がっていた。
まったく頭に入ってこないスピーチとおざなりな笑いにあふれている式場で、緊張を隠そうと無表情の壮太郎。花嫁の妙な自信。知り合いのほとんどいないテーブルで、わたしはだされる料理を食べ続けた。
「つきすすむしかないね、これは」
そういって切り分けたバウムクーヘンをわたしの前に、置いた。しかも生クリームに色とりどりのジャムが添えられている。
「太るよ」
「俺は鍛えてるからね、それにたまにはこういう毒も摂取したほうがいい。身体が丈夫になる」
そういって生クリームやらジャムを塗ったくった、恐るべき菓子を頬張った。
壮太郎に関して熊本くんに話したのは一度きりだ。熊本くんから壮太郎のことを訊かれたことはない。
「いつもじゃない店がいい」
まもなくいつもの店の前に到着寸前のところで、わたしは壮太郎にいった。
「……いいけど」
壮太郎は立ち止まる。決して女にノーとはいわない男。妻にも妹にもそうなんだろう。
男の甲斐性とは、女の装う鈍感さから落ちないように踏ん張る平衡感覚のことだ。