壮太郎の胸を撫で、あのDVDを思い出す。「いまから新宿二丁目? に行きたいんだけど」/熊本くんの本棚 ゲイ彼と私とカレーライス⑤
公開日:2020/6/14
顔よし、からだよし、性格よし。そのうえ読書家。なんだか現実味のないイケメン、熊本くん。仲のよい「わたし」は、どうやら熊本くんが、ゲイ向けアダルトビデオに出演している、という噂を聞く…。第4回カクヨムWeb小説コンテストキャラクター文芸部門大賞受賞の小説から、その一部をお届けします。
セックスとはこういうものだ、模範を示せという問いがあるなら、わたしたちはそうとう優秀なのではないか。始まり方も、終わり方も、「いつもの」ように行われる。おおいかぶさられ、うつ伏せにされ、ときに足を持ちあげられる。結局のところ疲れてふたたびおおいかぶさられ、終わる。高校の頃に回し読みした少女漫画よりも上品な行為。
横で、天井を見つめている壮太郎の顔に、文字が浮かんできそうだった。任務完了、とか、ノルマクリア、とか。
「なに?」
わたしが見ているのに気づいて、壮太郎はいった。
「胸、薄いね」
わたしは壮太郎の胸を撫でてみた。ひらべったい。
「腹のほうが胸より前にでてきそうだ」
「鍛えたりするの?」
「予定はないね」
熊本くんのDVDのパッケージ写真。あれは加工されているのだろうか。毎日のようにジムに通って、成長させていく筋肉。
「時間大丈夫?」
「ああ、あの人のほうがいつだって遅い」
妻のことを、壮太郎はあの人、という。
「忙しい忙しい、辛い辛いといいながら、やめようとしない。やりがいのある仕事をしている人間の辛いっていうのはさ、なんだろうな、俺たちの辛いとは意味が違うんだろうな」
俺たち。仕事にやりがいを感じられない、ただ生きている、わたしたち。壮太郎は起き上がった。
「もうじき命日だ」
大切な宝物を扱うように、壮太郎はいった。
「そうだね」
部屋の温度は快適さを保ちつつ、乾燥がきつい。
この人のことが好きなのだろうか。疑問に思うときがある。会おうといわれたら、すこし面倒。会う寸前は気分が浮き立つ。しばらくすると退屈に感じる。裸になれば、盛りあがる。だが、どうしても、思いだしてしまう。
『結局、わたしはまつりに勝ちたかったんだ』
「出ようか」
そういわれて、わたしは頷く。
金曜日の夜の新宿は、無理をしてはしゃいでいるみたいだ。四人組の男たちのグループが、わたしたちの横を通り過ぎた。年齢はばらばらだったが、やたらに大きな声で騒いでいた。全員肉づきがよく、鮮やかな色の服を着ていた。
わたしは彼らの後ろ姿を見送った。
「どうした?」
急に振り返ったわたしに、これ以上「いつも」と外れた行為をしてくれるな、と壮太郎が咎めているように思えた。
「あのね、お願いがあるんだけれど」
壮太郎を見ず、わたしはいう。
「ちょっと買い物につきあって欲しい」
わたしはスマートフォンで検索をした。この時間でもやっている。わたしは、さっきの男たちのほうに向かって歩きだした。
「いまから? なに買いたいんだよ」
壮太郎が、追いついてきた。
「壮太郎、いまから新宿二丁目? にいきたいんだけど」
そういうと、壮太郎はしばらく黙ってから、なんで、といった。
「欲しいDVDがあるの」
「きみ、そういう趣味あったっけ」
「そういうっていうと」
「男同士の恋愛とか好きなの?」
その物言いに失望した。とてもつまらないものが透けて見えた。
「最近はまった」
吐き捨てるようにいった。
「女のわたしじゃ買えないよね。悪いんだけど一緒に入って、お会計してくれない?」
わたしは壮太郎と向きあった。彼は黙っていた。
「さっき入った焼き鳥屋さん、わりとおいしかったでしょう。たまにはしないことをするのもいいんじゃないかな」
なんで俺が、というのを制して、わたしはいった。なんとなく早足になっている。
「どんだけ真剣な顔をしてるんだよ」
壮太郎とわたしは通りへ入っていく。