DVDが入った紙袋を受け取って帰宅。その夜、夢に“まつり”が出てきて…/熊本くんの本棚 ゲイ彼と私とカレーライス⑥

文芸・カルチャー

公開日:2020/6/15

顔よし、からだよし、性格よし。そのうえ読書家。なんだか現実味のないイケメン、熊本くん。仲のよい「わたし」は、どうやら熊本くんが、ゲイ向けアダルトビデオに出演している、という噂を聞く…。第4回カクヨムWeb小説コンテストキャラクター文芸部門大賞受賞の小説から、その一部をお届けします。

『熊本くんの本棚 ゲイ彼と私とカレーライス』(キタハラ/KADOKAWA)

 店中の男たちがわたしに注目し、すぐ目を逸らした。いないもの扱いされている。部外者がすみません、と頭のなかで謝りながらわたしはDVDを物色した。どれもこれも、裸だ。いい身体、細い身体、ふくよかな。少年、青年、中年。日本人、日本人ではない。できるだけわたしはなにも考えずに面陳されている商品を見続けた。

 見つけた。手に取ったものの、じっくり眺めることができない。

「これ」

 そういってわたしが振り向くと、壮太郎はアダルトグッズを興味深げに眺めていた。

「おう」

 平静を装おうとしていてまぬけだ。

「お金はあとで返すから」

 わたしは店からさっさとでた。街灯は少ないけれど、通りは賑やかで明るかった。はしゃいだ声があらゆるところであがっている。わたしは首をまわした。道いく男たちがわたしを一瞥し、通り過ぎていく。自分が銅像にでもなったみたいだった。

「買ったよ」

 紙袋を持って壮太郎がやってきた。

「ありがと」

 袋を受けとり、わたしたちは歩きだした。

「どこかためしに店に入ってみるか」

 壮太郎はいった。返事のかわりに無視した。

「興味あるんじゃないの」

 そういわれ、わたしは苛立つ。無言のまま、駅まで歩いた。

 壮太郎になにをいっても見当違いになりそうだったし、これ以上黙ったままでいたらきっと、でたらめな態度をとってしまう。さっさと別れたかった。

「今日はこれで」

 ジェイアールの改札で別れて、わたしはほっとした。

 

「なんで文学部に入ったんだよ」

 熊本くんに呆れられたことがある。大学のテラスだった。

「読んだことは読んだんですけどねえ」

 レポートを一切書くことができず、わたしは苦悶していた。

「質問の回答じゃないでしょそれ」

 熊本くんはバックパックをあけ、レポートをだして見せびらかした。

「夏休みどうするの」

 わたしはパソコンの画面とにらめっこしたままいった。

「アルバイトして、あとはだらだらする」

「実家帰んないの? どこだっけ」

「滋賀」

 申し訳ないけれど、琵琶湖しか思いつかない。

「帰るんなら八つ橋買ってきて」

「それ京都なんですけど」

「あんこのやつ。変な味はいらない。あと赤福」

 滋賀、いろいろあるんだけどなあ、と滋賀土産を挙げる熊本くんを無視して、わたしはパソコンの画面に集中した。

「みのりちゃんは実家どこ」

「岡山」

 まったく一文字だって浮かばない。

「きびだんご買ってきて」

「一生分食べたからもう食べる気が起きない」

 話はそこで終わった。熊本くんの男友達がやってきて、去っていったからだ。

 

 紙袋を開けることもなく、わたしは寝た。

 まつりがひさしぶりに夢にでてきた。

「お兄ちゃんの彼女たちを見ていると、生きる気しなくなってくる」

 まつりとわたしは高校の教室にいた。夕暮れだった。

「なんでよ。みんな綺麗じゃない」

 わたしは壮太郎の歴代の彼女たちなんて見たことがない。

「自分は人とは違うんだ、って顔してるの。違わないことに気づいてない。ばれないようにいつもびくびくしている。妹として三人で話したりでもしたら地獄よ。からっぽだってお兄ちゃんにばれないよう演技中の女と、ばかにしていることを悟られまいと、いい妹を演じているわたしのコラボで」

「疲れるね」

 わたしはいった。でも、みんなおんなじなんじゃないかな、結局のところ。

「一般論とか、みんなそうとかいう話じゃないのよ」

 わたしはびくりとした。見透かされた。

「自分が同じようになるしかないと考えたら、いてもたってもいられなくなる」

「ならなきゃいいじゃない」

 わたしがいうと、まつりは驚いた顔をした。

「なにいってんの?」

 ツチノコでも発見したみたいな表情。まつりは兄同様、感情が露骨に顔にでる。隠そうともしない。

<第7回に続く>