“熊本祥介”なのか“タカハシタクミ”なのか。仮病のわたしの家に熊本くんが上がり込んで…/熊本くんの本棚 ゲイ彼と私とカレーライス⑧
公開日:2020/6/17
顔よし、からだよし、性格よし。そのうえ読書家。なんだか現実味のないイケメン、熊本くん。仲のよい「わたし」は、どうやら熊本くんが、ゲイ向けアダルトビデオに出演している、という噂を聞く…。第4回カクヨムWeb小説コンテストキャラクター文芸部門大賞受賞の小説から、その一部をお届けします。
タカハシタクミは痙攣し、そのまま勢いよく何べんも飛沫をあげた。男の手が大写しになり、すげえなあ、めちゃ濃いよ、と相手の男が嬉しそうな声をあげた。
わたしはDVDの裏表紙をみる。
『いきなりの単体作品で登場、体育会系の濃いエキスが迸る!』
四パートあり、『初撮影は男の手による大放出』『初めての男の味、女とは異なる穴の感触に腰の動きが止まらない』『初受け貫通は巨砲による強制中出し、そしてまさかの……』『寝込みを襲い、逞しく漲る朝勃ちから圧巻の超爆発』とあった。さまざまな格好をしたタカハシタクミが写っている。
画面では下着一枚のタカハシタクミが、後ろから、屈強の男に抱きしめられている。撫でられながら、タクミは息を殺していた。
東急本店前で、熊本くんがスマホをいじって立っていた。わたしは信号を渡れずにいた。この距離感で、熊本くんをじっと見てみる。観察してみる。信号が青になり、まわりの人々が渡りだす。
向かいからやってくる人たちが、わたしに目を向けた。熊本くんが視界から隠れると、わたしは身体をずらし、どうにか見つめようとする。
あの人は、熊本祥介なのか、タカハシタクミなのか。
熊本くんならば、ごめん遅れた、といつものように駆け寄り、他愛のない話をする。
タカハシタクミなら、わたしのことを知っているのだろうか。
何度目かの赤信号になった。マリオカートの格好に扮した一団がやってくる。このあたりではよく見る。熊本くんが、彼らを目で追う。気づかれるかもしれない、と身構えた。熊本くんはスマホに顔を戻した。
もうじき待ち合わせから五分が過ぎようとしていた。かばんのなかでスマホが震えた。たぶん、熊本くんからだろう。次に信号が青になったら、そのまま走って、遅刻を謝るべきか。
「病人のくせに立ち読みしてんなよ」
まずいところを見つかった。
「なんでここにいるわけ」
「心配になるよ、そりゃ」
熊本くんは、手に持っているビニール袋を胸のあたりまであげた。
「ごめん」
わたしは雑誌をラックに戻した。
『ごめん、調子悪い。風邪かもしれない。寝てれば治ると思う。ごめん』と書いたくせに、近所のファミマでファッション雑誌を読んでいた。
「おかゆなら食べられる?」
熊本くんはいった。
「どうも」
わたしはビニール袋を受けとろうと手を伸ばした。
「家までいくよ」
万引きがばれて親と一緒に帰るみたいだ。わたしたちは無言で夜道をとぼとぼ歩いた。
「シャケも焼こうと思うんだけど」
「映画、どうだった?」
わたしたちは同時にいった。
「観なかった」
「ごめん」
「早く治したほうがいいよ」
熊本くんはあいかわらず優しく、わたしのほうは罪悪感を抱えていた。
「レポート多かったし、ばて気味で」
いいわけがましくわたしはいった。
部屋に迎え入れると、あいかわらずだねえ、と熊本くんはため息を零した。部屋は散らかっていた。DVDはベッドの下に隠してある。浅はかな男子中学生か。
「台所借りまーす」
勢いよく水の音がした。たぶん熊本くんは置きっ放しにしてある汚れた皿をしっかりと洗いあげてくれるんだろう。できた男だ。
わたしの座っている場所から、熊本くんの背中が見えた。熊本くんの足元から、上に向かってわたしはじっくりと観察した。キャプテン・アメリカみたいなお尻をしばらく眺めた。
タカハシタクミは脂汗を搔きながら、なにもかもをのみこんでいった。人間の身体は不思議だ。これならばきっと、鼻や耳の穴でもできるのではないか。足を手で持ちあげ、タカハシタクミは受け入れていった。