途中から再生されたアダルトビデオ… 熊本くんは化け物でも見るような怯えた目をしていた/熊本くんの本棚 ゲイ彼と私とカレーライス⑩
公開日:2020/6/19
顔よし、からだよし、性格よし。そのうえ読書家。なんだか現実味のないイケメン、熊本くん。仲のよい「わたし」は、どうやら熊本くんが、ゲイ向けアダルトビデオに出演している、という噂を聞く…。第4回カクヨムWeb小説コンテストキャラクター文芸部門大賞受賞の小説から、その一部をお届けします。
「ちょっとパソコン借りるね」
そういって熊本くんは、床に置いてあるノートパソコンを勝手にひらいた。
「ゼミ飲み会、幹事なんだよ。店探さないと」
「そんなの自分のスマホで調べてよ」
「パソコンのほうが楽じゃん。いいとこあったら客観的意見を教えて」
わたしはパスワードを教えた。
「いつものとこじゃつまんないって先生がいうんだよね」
予算は二千五百円くらいで飲み放題とかないかなあ、などとぼやきながら、熊本くんはキーボードを叩いていた。
わたし、体調不良っていう設定なんだけどなあ、と思いながらわたしは立ち上がった。台所はすっかり綺麗になっていた。
冷蔵庫をあけて、麦茶を取りだした。水出しパックがもうなかったのを思いだした。だからコンビニに入ったんだった。
「ねえ、みのりちゃん」
熊本くんがわたしを呼んだ。
「なんかいい店あった?」
熊本くんが帰るとき、一緒にでるか、とわたしはのんきに思っていた。
「訊きたいこととか、ないの?」
熊本くんは険しい顔でパソコンを見つめていた。
「飲み会、わたし行けないんだった、実家に帰らなくちゃいけなくって」
熊本くんと目があった。こんなに悲しそうな顔をしている人を、間近で見たことがあるだろうか、というくらい、青ざめて、眉毛を下げ、そして、なにか化け物でも見るような怯えた目をしていた。
「なに?」
わたしは、人にこんな表情をさせてしまうような人間なんだろうか。
「初めて見たよ」
そういって、パソコンの画面をわたしに向けた。
ちょうど、途中から再生されている。音は消えていて、熊本くんが屈強な男の上に乗り、腰を動かしていた。
「まだ見てなかった」
熊本くんは音量をあげた。
ああ、ああ、でます、でます、だめですか。
むせび泣きながら懇願するタカハシタクミに、まだ我慢できるよね、ねえ、と声をうわずらせながら男がいう。
もれちゃいます、もれちゃいますよ。
「すごいね、どこで買ったの?」
熊本くんは、口元を歪めながら、いった。
「お店で」
わたしはいった。
「学校で噂になってるのは知ってたけど、みんなわりと他人事っていうか、僕の前じゃいわないからね。高かったでしょ」
「うん、でもね」
どう説明したらいいのかわからないまま、言葉を探した。なにもでてこなかった。
タカハシタクミが、う、う、と激しく悶え、うわあ、すげえなあと男が大喜びする。エッロいなあ、こんなになっちゃって、タクミくん、変態だなあ。
『はい、頭がおかしくなりそうです』
「誰に見られたところでなんとも思わないと思っていたけど」
少しうなだれた熊本くんを見て、ほんとうに、どうでもいいことを考えた。
目の前にいるのは、熊本くん? タカハシタクミ?
わたしは、人を傷つける天才だ。
「少し、見ていていい?」
熊本くんはいった。わたしは返事ができなかった。
どのくらいの時間だったか、わたしは立ったまま、熊本くんがパソコンを見続けている姿を見ていた。
「終わった」
そういって、ノートパソコンを熊本くんは閉じた。
「じゃあ、そういうことで」
熊本くんは立ち上がった。わたしと目をあわせなかった。わたしがあわせられなかったのかもしれない。
「飲み会こないんだろ?」
いつもの熊本くんの口調と違った。もうこの人間にはなにも配慮しないでいい。そうくだされた気がした。
「実家に、友達のお墓参りにいくから」
「りょーかい」
興味なさそうに熊本くんはいった。
靴紐を結ぼうと玄関に座りこみ、背中を丸めている熊本くんを見ながら、なにかいってくれないか、と甘い期待をした。
「あんなの買う金あるなら、本買えよ」
ドアが閉まった。
熊本くんと会ったのは、このときが最後となった。