漫画の神様・手塚治虫の頭を叩いた編集者がいた!?「チャンピオン」になるため奮闘した男たちの物語
更新日:2020/6/9
コロナ禍による「巣ごもり生活」の影響で、書籍の売り上げが伸びているという。その中にはもちろん「漫画」も含まれており、娯楽としてはやはり優れたコンテンツなのだと実感する。そういう状況下で、2019年に創刊から50周年を迎えた週刊少年漫画雑誌がある。それが『週刊少年チャンピオン』(以下「週チャン」)だ。『チャンピオンズ~週刊少年チャンピオンを創った男たちの物語~』(魚乃目三太/秋田書店)は、50年の歴史の中で編集長を務めた編集者たちにインタビューしながら、「週チャン」の足跡を辿る物語である。
「週チャン」発行元の秋田書店は、創業者の秋田貞夫氏が1948年に設立した出版社。「週チャン」創刊以前は『冒険王』という月刊漫画誌が人気であり、最盛期には55万部を発行していたという。その「冒険王」で副編集長をしていた成田清美氏は、ある日唐突に、社長の秋田に呼び出される。そして命じられたのは「新しく週刊漫画誌を立ち上げること」だった。月刊誌の『冒険王』ですら激務なのに、週刊誌ではどうなるのか…。成田氏は家に戻って奥方に相談したという。奥方の返事は「なってよ! 私、編集長になったあなたが見てみたい」だった。そこから、最初は『冒険王』から編集者を4名選定し、新雑誌立ち上げメンバーに。たった3ヶ月しかない強行軍だったが、メンバーたちの必死の努力が実を結び、1969年7月15日、ついに『少年チャンピオン』は発売された。ちなみに創刊時は隔週刊行であり、「週刊」となるのは1970年6月24日発売号からであるという。
実は「週チャン」には、業界にその名が知れ渡った名物編集長が存在した。それが成田氏の後を継いで2代目編集長となった壁村耐三氏である。岡山出身で「カバチタレんな!」が口癖だったという氏は、1978年末に発行部数250万部、実売数では日本一だったという実績を打ち立てる。そんな彼を人は「ミスターチャンピオン」と呼んだ。
とにかく個性的な編集長で、秋田書店近くのスナックに入り浸っては、毎日酒を飲んでいたという。そんな壁村氏には、にわかに信じがたい伝説がある。それは氏が新入社員の頃、漫画の神様・手塚治虫先生の原稿を取りに行ったときのこと。当時、多くの連載を抱えていた手塚先生の仕事場には数多の編集者が待機し、壁村氏もその中でイライラしながら待っていた。するとひとりの編集者が遅れてやってきたかと思うと、すぐに原稿を受け取るのを目撃してしまったのだ。そんな特別扱いに腹を立てた壁村氏は、手塚先生のところへ乗り込むと「勝手にコソコソすんじゃねーよ!」と言って、先生の頭を叩いたのだ! 後に秋田社長と共に手塚先生のところへお詫びに行って、なんとかクビは免れたということだが、なんとも凄まじいエピソードである。
しかし手塚先生の苦境を救ったのも、壁村氏だった。手塚漫画の人気が陰りを見せ、虫プロダクションも倒産してしまった頃、「週チャン」の編集長となった壁村氏は手塚先生のもとへ出向き、仕事を依頼するのである。このとき誕生したのが『ブラック・ジャック』であり、手塚先生は人気漫画家として復活を果たしたのだ。
壁村編集長の時代、まさに「週チャン」は週刊少年誌のチャンピオンとなったが、それは長くは続かなかった。『ブラック・ジャック』や『がきデカ』といった人気作が終了すると、雑誌の売り上げも低下していく。壁村編集長が退任し、3代目編集長には『がきデカ』や『マカロニほうれん荘』などのヒット作を担当した敏腕編集者・阿久津邦彦氏が就任する。しかし新人育成が不十分で雑誌を支えるヒット作には恵まれず、阿久津氏はわずか1年と少々で退任。さらにその後を、少女漫画雑誌『プリンセス』を立ち上げ「秋田書店少女漫画の父」と呼ばれた神永悦也氏が継ぐ。少女漫画出身の立原あゆみ氏を起用するなど手を尽くしたが、それでも部数減は止まらず1年半で編集長を退任することになった。
この時期、「週チャン」は最大の危機であった。そのため経営陣は異例の人事を行なう。それはあの壁村氏を再び編集長に就任させるというものだった。こうして5代目編集長として再任した壁村氏は、連載陣の大刷新を断行。現場は混乱したというが、部数減は止まり「週チャン」の立て直しに成功する。しかし就任当初から体調不良が囁かれ、さらに壁村氏と縁の深い手塚先生が1989年2月に亡くなったことが影響し、氏は1989年7月に編集長を退くのである。
このとき壁村氏は、若手の編集者や漫画家の育成にも力を注いだ。その結果、後に編集長となる樋口茂氏などが登場し、漫画も『グラップラー刃牙』や『弱虫ペダル』といった「週チャン」を代表するヒット作が生まれるのである。現在も『BEASTARS』や『魔入りました! 入間くん』などアニメ化される作品を数多く輩出。壁村氏の背中を見て育った者たちが、50周年以降も「週チャン」の未来を切り拓いていくに違いあるまい。
文=木谷誠
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