戦争、テロ、差別…恐ろしい未来が現実になるかも!? ディストピア小説『R帝国』が再注目される理由
公開日:2020/6/16
不穏なニュースばかりが世の中に溢れかえっている。どうしたら明るい未来を描けるのか。先行きが見えない日々に途方に暮れる人も多いだろう。
こんな時勢だからだろうか、今、中村文則氏の『R帝国』(中央公論新社)が再び注目されているらしい。『アメトーーク!』で「読書芸人」たちが大絶賛し、「キノベス! 2018」でも第1位を獲得したこの本は、2020年5月に文庫化され、再び多くの人の話題を集めているのだ。人々の不安と不満がこの本の注目につながっているのだろうか。国のことなんて信じられないし、あてにもできない。そんな嘆きは日本だけでなく、世界中から聞こえてきそうな気がする。戦争、テロ、差別、フェイクニュース…。現代社会への警鐘ともいえるこの近未来SFは、現代人の心に強く突き刺さるに違いない。
物語は、「朝、目が覚めると戦争が始まっていた。」という一文に始まる。舞台は、全体主義が蔓延る架空の島国・R帝国。民主主義国家を標榜しているが、事実上R党による一党独裁制であるこの国は、隣国B国と戦争を始めたのだ。しかし、R帝国のコーマ市に攻撃をしかけてきたのは、別の国家・Y宗国。コーマ市に住む会社員の矢崎はY宗国の女性兵士アルファと出会い、野党議員の秘書・栗原は、謎の組織「L」のサキと出会う。一体、この国では何が起きているのか。2組の男女を待ち受けていたのは悲劇的な運命だった。
街に死角なく張り巡らされた防犯カメラ。毎週行われる公開処刑。差別される移民たち。国民全員はHP(=ヒューマンフォン)と呼ばれる人工知能を兼ね備えたツールを保持し、過ちを犯した他人に罵詈雑言を浴びせかける…。読めば読むほど、私たちは、R帝国と似たような世界にいるように思えてくる。
そう、R帝国は、現実社会と無関係ではないのだ。現に、R帝国では、日本の過去の戦争でのありさまが、ネット上での作者不明の小説として伝えられている。政治家は、その小説の記載を参考に、国を動かす。政治家は、世論を情報操作で動かし、国民の不満を他国への憎しみへ向けていく。
「現実が物語の中で『小説』で表現されるという、ある意味わかりやすい手法を取ったのは、逆の発想として、今僕達が住むこの世界の続きが、この小説の行先の明暗を決める構図にしたかったからだ。つまり、そういう風に、現実とリンクする小説にしたかった。」
中村氏は本書巻末「文庫解説にかえて」にこんな言葉を書き記している。この物語は、2016年に新聞で連載が始まり、単行本は2017年に発売されたものだが、中村氏自身でさえ、
「今読み返すと2020年のいま書かれたものであるかのように錯覚し、奇妙な感覚に陥った」
と言う。本当に現代社会のほんの少し先に、こんな不吉な未来が待ち構えているような気がしてならない。
このままの状況が続けば、これから私たちに訪れる未来は、R帝国と大差ないのだろう。そんなおぞましい未来が訪れないようにしなくてはならない。もし、今の社会に疑問を覚えるならば、これからの世界を変えるために、この本を手にとってほしい。このディストピア小説が、「予言の書」とならないことを願うばかりだ。
文=アサトーミナミ