うつ病は薬に頼らず「リハビリ」で。心がザワザワしたら読みたい“亀仙人”の教え
更新日:2020/7/15
小さな広告代理店で営業職をしている27歳の女性、晴野ひなたは、ある月曜日の朝、いつものように家を出て、いつもの満員電車に乗り込みます。ところが、急に胸がザワザワとして今にも倒れそうになり、反射的に電車から降りてしまいました。朦朧としながらしゃがみこんでいると、「大丈夫ですか?」と声をかけてくる人がいます。見ると、それは穴の開いたジーンズに青いボーダーのTシャツを着たおじさんでした…。
そんなプロローグから、『復職後再発率ゼロの心療内科の先生に 「薬に頼らず、うつを治す方法」を聞いてみました』(亀廣聡、夏川立也/日本実業出版社)の物語は始まります。本書は、おじさんの正体である「ボーボット・メディカル・クリニック」の亀廣聡院長によるうつ病の治療法を、架空の主人公である晴野ひなたを通して紹介していくもの。このプロローグの後、つかみどころがないけれど、時々すごみを感じさせる亀廣先生に“亀仙人”というあだ名をつけたひなたは、亀仙人の診療所を訪れ、こころの病気やその治し方について学んでいくことになります。
思い返せば、ここのところ不調が続いていたひなた。彼女と同じように、「心のなかで何かがワッサワッサ動いている感じがする」「わーっと叫び出したくなるときがある」「目覚ましが鳴る1時間も前に目が覚めてしまった」などの症状が思い当たる人がいたら、それは疲れではなく、こころの病気が体の不調となって現れ始めているのかもしれません。亀仙人いわく、うつ病は心が弱いからなるものではなく、誰にでも起こりうる病気。ひなたのように「私が心療内科? 大丈夫ですよ」と返すのではなく、この本で心療内科の世界をちょっと覗いてみませんか?
2〜3時間かけて初診をするのはなぜ? 〜薬に頼らない理由
多くの心療内科では、初診にかかる時間は15分程度。ところが亀仙人のクリニックでは、2〜3時間かけてじっくりと話を聞くそうです。それだけでなく、本人や家族、仕事関係の人の声を集めた問診票や、スマホをみた時間や食事などを細かく書き込んだ生活記録表をどっさり提出してもらい、あらゆる方面からその人が受けている心のストレスを探っていくのだとか。それもこれも、「正しい診断をくだして、正しい治療を行うため」と亀仙人はいいます。
「正しい診断なんて医者だから当たり前でしょ?」というなかれ。実際の心療内科の世界は、そうでもないようです。亀仙人がいうには、心療内科で抑うつ症状を訴えると、ほとんどの場合、抗うつ薬が処方されますが、抑うつ症状は大きくわけると6種類あり、抗うつ薬が効くのはそのなかの1種類だけ。つまり、多くの人は効き目の期待できない薬を処方されているというのです。それでは病気が治らないばかりか、薬の副作用による禁断症状から抜けられず、おそろしいことに、薬漬けになってしまうこともあるかもしれません。
基本的には薬を頼らないけれど、必要なときにはもちろん処方するし、副作用がなく体調を整えてくれる漢方薬は積極的に処方する、というのが亀仙人の薬とのつきあい方だといいます。
最終的に頼りになるのは「自分」
ひなたの症状は、抗うつ薬が必要ではない「双極性障害(躁うつ病)」でした。そこで亀仙人はひなたに、考え方のクセを治すコーピングの方法を伝えたり、生活習慣の変え方を教えたりと、段階ごとに指導を進めていきます。
多岐にわたる治療でひなたの体調は改善していくものの、その道のりは苦しくてつらく、ひなたは治療の途中で「ラクになれるのなら薬を飲んでもいいかも」と挫折しそうになります。ところが、亀仙人がひなたに伝えたのは、そのつらさを自覚したところからようやく本当の治療が始まる、ということでした。うつ病は薬で治療する「こころの風邪」というよりも「こころの骨折」であり、骨折をしたときと同じようにリハビリを続ければ、ちゃんと元の自分を取り戻していけるのだと、亀仙人は語ります。決してラクな道のりではないけれど、最終的に頼りになるのは「自分」だと。
ひなたの寛解(かんかい:症状がほぼ消失した状態)への道は、“自分のトリセツ”を完成させる、という目的地へと向かっていきます。自分がどんなときに、どのように気分が滅入るのかを知り、心の状態を自らコントロールできるようになった状態こそが、うつ病の出口なのです。どの病気にも再発する可能性がまったくないということはないと思いますが、うつ病はなかなか治らない病気だと思っていたので、正しい治療を受ければちゃんと治る病気だということがわかって驚きました。
実際に、うつ病の再発率は約半数といわれるなかで、亀廣院長のクリニックでは再発率0%をキープしているそうです。
こころの病気を「正しく」治すための独自の治療
ひなたを通して、治療を受ける立場から見た心療内科の世界を、わかりやすく伝えてくれる本書。いたって真面目な内容ですが、元吉本芸人でもある作家・夏川立也氏が描く物語のなかには笑える仕掛けが満載で(映画好きならわかる各章のタイトルにも注目)、うつ病関連の本といっても構えることなく、小説感覚でスーッと入っていけます。
読み終えて感じたのは、この治療が医師のためではなく、本当の意味で、患者のためにあるということでした。亀廣院長が“あとがき”で「患者さんにも自分の病気の専門家になっていただきたい」と語る通り、治療は決して医者任せではなく、自分自身も自分の体や脳神経系の仕組みをしっかりと理解することが大切です。ただ、心が弱った状態で自分を律していくことはつらい。だからこそ、亀仙人はひなたにいつも「ありがとう」といい、パートナーのように対等に向き合っていきます。寛解は、医師と患者、お互いの協力なしにはありえないことなのだと、ひなたと一緒に学ぶことができました。
さまざまな心療内科があるなか、薬に頼らない治療は亀廣院長による独自の方法であり、人それぞれ感じ方は違いますが、私がもし治療法を自分で選べるとしたら、亀廣院長の治療を受けてみたいと感じます。自分や大切な人の体調の変化を感じている人に、厳しくもあたたかい亀仙人の教えがたっぷりと語られた本書をおすすめします。
文=麻布たぬ