【全作品紹介】太宰治の孫・石原燃のデビュー作も候補に! 第163回芥川賞・直木賞ノミネート
更新日:2020/7/15
日本文学振興会が主催する「第163回芥川賞・直木賞」のノミネート作品が、2020年6月16日(火)に発表された。この記事ではそれぞれの候補作について、読者からの反響を交えながらご紹介。「どんな作品があるのか気になる!」という人は、ぜひ参考にしてみてほしい。《紹介順はそれぞれ著者名五十音順》
芥川賞候補(1) 石原燃『赤い砂を蹴る』(『文學界』6月号)
今回の候補作のうち、最も話題を呼んでいる作品のひとつ。作者は純文学作家・津島佑子の娘であり、太宰治の孫である石原燃。デビュー作となる『赤い砂を蹴る』では、ブラジルを舞台として母娘の“たましいの邂逅”を描いている。
読者の共感を誘うストーリーテリングが評判を呼んでいるようで、ネット上では「読み始めたら止まらなかった。一人の娘である自分と重ねて読んだ。だからこそ、ブラジルの大地が人生を肯定してくれるようで救われた」「素晴らしく読みごたえのある小説。子育てに纏わる諸課題に、女性が否応なしに直面させられるロールモデル。最後に描かれる、母と娘による魂の邂逅が愛おしい」といった感想が上がっていた。
芥川賞候補(2) 岡本学『アウア・エイジ(Our Age)』(『群像』2月号)
小説家にして大学教授でもある岡本学の『アウア・エイジ(Our Age)』が候補作に。物語は生き飽きた気分になっていた「私」のもとに、かつてバイトをしていた映画館から映写機の葬式の知らせが届くところから始まる。「私」はひとりの女性をめぐって、古い記憶を辿っていく──。
どこかノスタルジーを感じさせる作風に、読者からは「ものすごく正統派の小説なのに、どこか小説とは違う、まるで映画のような世界に連れて行ってくれる感覚。読み終わったときには、本当に素晴らしい一本の映画を観終わったような気分になった」「心に沁みる小説だった。私の方が少し年上だけどミニシアター全盛世代だし、彼女が東金に住んでいたので小説世界に入り込めた」などの声が上がっている。
芥川賞候補(3) 高山羽根子『首里の馬』(『新潮』3月号)
SFと純文学を越境して活躍する実力派作家・高山羽根子。今回ノミネートされた『首里の馬』は、沖縄の史実をベースとして描かれる物語だ。高山は同作で3度目の芥川賞候補となる。
作者の想像力が遺憾なく発揮された作品世界は、「失われゆく記憶。距離と時間を超えた不思議なやりとり。そしてなによりも未名子とヒコーキとの間で交わされる、かけがえのない交流。良い小説を読んだなと、ぼんやりと人心地つく時間が心地よい」「すたれゆくものは記録すべきとの意思が伝わり、好ましいです。在野の研究者が置かれる『蚊帳の外』的な境遇にはハッとさせられました」と評価されているようだ。
芥川賞候補(4) 遠野遥『破局』(『文藝』夏季号)
『破局』は2019年に「文藝賞」を受賞しデビューした気鋭の作家、遠野遥による第2作。ラグビーに筋トレ、恋とセックスなどの青春要素を盛り込んだキャンパスライフ…と見せかけて、物語は波乱の方向へと進んでいく。
スリルに満ちた物語の展開には、「深夜から朝方にかけて一気に読んでしまった。序盤から一つひとつの描写が不穏で、どこで崩れ落ちるのかとドキドキしていた」「間違えて寝る前に読んでしまった、怖い怖い怖い! 前作に続き、ラストで一気に落とす構成」「朴訥とした饒舌で、猟奇殺人なしの『アメリカン・サイコ』みたいな気味の悪さがある」といった反響が上がっている。
芥川賞候補(5) 三木三奈『アキちゃん』(『文學界』5月号)
三木三奈は1991年生まれの新人作家。第125回文學界新人賞を受賞したデビュー作『アキちゃん』が、早くも芥川賞の候補作に選ばれた。
作中で繰り広げられるのは、語り手が“アキちゃん”という人物に向ける憎しみをめぐる物語。ユニークな設定に引き込まれる読者が多いようで、「穏やかじゃない感情が淡々と語られていて、不穏な気配が漂う。ラストのほうで明らかになる事実も、ミステリが好きな私としては愉快な仕掛けだった」「ふざけてないのに随所に笑ってしまうところがいくつもあって、とても面白かった。ちりばめられたエピソードがどれも『こういう奴いたなぁ』とか、普遍性を伴ったリアリティがある」といった評価を集めている。
直木賞候補(1) 伊吹有喜『雲を紡ぐ』(文藝春秋)
伊吹有喜の『雲を紡ぐ』は、親子3代の「心の糸」の物語。いじめが原因で学校に行けなくなった高校生・美緒は、祖父母がくれた赤いホームスパンのショールを心の拠り所としていた。しかしショールをめぐって母と口論になり、岩手県盛岡市の祖父の元へ家出をしてしまう。美緒はホームスパンの職人である祖父とともに働くことで、職人たちの思いの尊さを知ることに。その一方、美緒が不在となった東京では、父と母の間に離婚話が持ち上がっていた――。
家族の絆を描きつつ、岩手・盛岡の魅力を鮮やかに表現する同作。ネット上では「盛岡の街や自然の描写、食べ物。そしてホームスパンの魅力がたっぷりと伝わってきました。この本片手にロケ地巡りしてみるのもいいかも」「岩手という土地柄や宮沢賢治の言葉に温かみを感じました。家族たちが自分の思いを見つめ直して、行くべき道を見つけていくのもよかった」といった声が相次いでいる。
直木賞候補(2) 今村翔吾『じんかん』(講談社)
時代小説好きから熱い注目を集める若手作家・今村翔吾が、『童の神』に続き2度目の直木賞候補に。今年5月に刊行された『じんかん』は、武将・松永久秀を題材とした歴史巨編だ。作中では織田信長の口によって、“稀代の悪人”とされる松永久秀の壮絶な半生が語られていく。
これまでさまざまな作品で描かれてきた有名武将に対して、独自のアプローチを仕掛けるのが本作の魅力。実際に読んだ人からは「松永久秀のイメージが180度覆りました。信長が天下人になるまでの混沌とした畿内のことも興味深く、面白かった!」「最新研究で徐々に明かされつつある説を加えつつ、今までにない松永久秀の像を写し出している」と絶賛の声が上がっていた。
直木賞候補(3) 澤田瞳子『能楽ものがたり 稚児桜』(淡交社)
『能楽ものがたり 稚児桜』は能の名曲にインスパイアされて生み出された、8編の時代小説集。著者の澤田瞳子は2012年に刊行した『満つる月の如し 仏師・定朝』で「第2回本屋が選ぶ時代小説大賞」と「第32回新田次郎文学賞」を受賞。2016年には『若冲』で「第9回親鸞賞」を受賞するなど、数々の文学賞に輝いてきた。
短編はそれぞれ大胆な翻案が施されており、能を知らない人でも読みやすい内容に。作品に触れた人からは、「この世に溢れる人間の欲をこれでもかと見せつけられた。能は全くの門外漢だが、作者独自の着想がとても興味深い」「能にはまったく縁がありませんが、平易でやわらかな語り口で元ネタがわからなくてもするすると読めました。表題作の『稚児桜』には悲哀の中に美しさとしたたかさがあり、一番印象深かったです」といった評価が続出している。
直木賞候補(4) 遠田潤子『銀花の蔵』(新潮社)
『雪の鉄樹』や『オブリヴィオン』などで知られる遠田潤子の作品が、初めて直木賞にノミネートされた。今回候補作となった『銀花の蔵』は、少女が古くて新しい“家族のかたち”を発見する様を描いた大河小説だ。
絵描きの父と料理上手の母と暮らしていた主人公・銀花は、父親の実家に一家で移り住むことに。そこは「座敷童が出る」という言い伝えが残る、由緒ある醤油蔵の家だった。家族を襲う数々の苦難や一族の秘められた過去と対峙しながら、少女は大人になっていくが…。
圧倒的な筆力によって描き出される家族の物語に、ファンからは「やっぱり遠田さんの作品はいい! 魂を削られながらもひたすらに生きる姿を描く力量は、天下一品ではないでしょうか」「人間の弱い部分を見せつけながら、最後は優しさに包まれるような感覚。遠田さんらしく辛い感情になる場面もありますが、前を向いて歩いていく強さが全編に漂っています」と評価されている様子。
直木賞候補(5) 馳星周『少年と犬』(文藝春秋)
1匹の犬をめぐる感動作『少年と犬』がノミネート。作者の馳星周は1996年のデビュー作『不夜城』でも直木賞候補に選ばれており、今回で通算7回目のノミネート。
2011年秋、仙台。震災で職を失った和正は犯罪まがいの仕事をする日々の中、コンビニでガリガリに痩せた野良犬を拾う。多聞という名らしいその犬は賢く、和正の「守り神」になるのだが、いつもなぜか南の方角に顔を向けていた。多聞は何を求め、どこに行こうとしているのか──。
傷つき、悩む人々に寄り添う犬の物語には多くの人が心を動かされ、「読んでよかったと心から思えた一冊。昔飼っていた大好きな犬を思い出さずにはいられない。神からの贈り物のように癒してくれる犬の姿に感動した」「時に腹を空かせ、泥にまみれ、傷を負いながら一匹の犬が向かう場所。その途中で出会った旅の道連れ、人間たちとの心温まる交流には心が震えます」といった反響が上がっている。
第163回芥川賞・直木賞の選考会は7月15日(水)に行われる予定。一体どの小説がビッグタイトルを獲得するのか、自分なりの予想を立てながらノミネート作を読んでみるのもおもしろそうだ。