完結まで26年! 年上従姉とのじれったい恋は、苦難と試練の果てにどこに着地するのか

文芸・カルチャー

公開日:2020/7/8

『ありふれた祈り おいしいコーヒーのいれ方 Second Season IX』(村山由佳/集英社)

 26年に及ぶ長い旅が、ついに終着点にたどりついた。

 1994年に第1作が刊行された「おいしいコーヒーのいれ方」は、「First Season」と「Second Season」あわせて19冊にのぼる人気シリーズ。累計発行部数は545万部を突破し、コミカライズされて「少年ジャンプ+」でも連載されている。

 すべての始まりは、和泉勝利といとこの花村かれんの同居だった。ひとつ屋根の下で暮らすうち、勝利はいつしか5歳年上のかれんに惹かれていく。「First Season」では、そんな勝利とかれんが心を通わせ、ゆっくりと愛をはぐくむ過程が10巻にわたって描かれた。

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 そして迎えた「Second Season」、物語は衝撃の展開を迎える。かれんの実兄である喫茶店「風見鶏」のマスターと恋人・由里子が突然の悲劇に見舞われ、この事件を機に、勝利はオーストラリアへ旅立っていく。日本に残してきたかれんに恋焦がれながらも、自分を責め苛み、一切の連絡を絶つ勝利。アボリジニの研究者・秀人のもとで暮らすうち、少しずつ心は癒えていくが、それでもまだ罪の意識を拭い去れない。そんな中、ある事故の知らせを受け、勝利は帰国するのだが……。

 というのが、前作『地図のない旅』までのお話。そして、このたび刊行された完結編『ありふれた祈り』では、再会した勝利とかれんに降りかかる新たな試練が描かれていく。前作から約6年ぶりの新作とあって、長年ふたりを見守って来た読者は感慨もひとしおだろう。いやー、この生殺し状態をよく耐え抜きました……。

 最新刊の冒頭で描かれるのは、勝利とかれんの悲痛な思いだ。長く離れていても、互いを想う気持ちは変わらない。むしろ会えない時間が長かった分、相手への恋心は苦しいほどに昂ぶっている。しかし勝利は自分が幸せになるなんて許されないと思い込み、目の前のかれんに手を伸ばすことができない。苦しむ勝利を前に、かれんも「別れ」という言葉を持ち出すほど追い詰められていく。ふたりの気持ちが痛いほど伝わり、胸は締め付けられ、ページをめくる指先が痺れるほど。泣くことすらできなかった勝利が、かれんを前にしてボロボロと涙をこぼす場面では、こらえきれず涙腺が決壊。このシーンを読めただけでも6年待った甲斐があったと思える、シリーズ屈指の名場面と言えるだろう。

 マスターと向き合うべく、覚悟を決めて「風見鶏」を訪れるシーンも胸が痛い。そこでの会話にも、また泣かされる。

「過去も含めて、全部引き受けた上で生きていくって、俺らは二人でとことん話し合って決めたんだ。人に話せば無謀だと笑われるかもしれない。これまで誰も乗り越えたことのない試練かもしれないさ。だが、知ったことか。俺たちは、乗り越えるんだ。お前もだぞ、勝利。乗り越えるんだよ。そうする以外にないんだ」

 マスターの言葉は、「過去があるから今があり、その先に未来がある」「過去と現在を切り離すことはできない」という動かしがたい現実を突きつけてくる。人は人とのつながりの中で、時を重ねて生きていく。当たり前のことだが、勝利とマスターの関係性を思えばこそ、この言葉が胸にずっしり重く響いてくる。

 マスターとの再会後、勝利は再びオーストラリアに渡るが、そこでも事件は続く。ネタバレになるので伏せるが、勝利にとっては壮絶な痛みをともなう試練だ。だが、嵐を乗り越えれば荒波は凪ぎ、水面はしんと澄み渡る。勝利もようやく自身の心に折り合いをつけ、安らかな時を取り戻していくこととなる。取りつかないことをしてしまった時、人は自分を許せるのか。どこまでも続く暗闇の中で、どのようにして救いを見出すのか。長い旅路の果てに、その答えがほのかに浮かびあがってくる。

 本作をもってシリーズは完結となるが、村山由佳さんによるとスピンオフの可能性もないわけではないようだ。ここまで来たら勝利とかれんが結婚するまで、いや、その先の長い人生まで見届けたい。かれんの弟・丈、かつて勝利に思いを寄せていた星野りつ子、大学のネアンデルタール原田先輩など愛すべき人物たちにも、まだまだ語られていないエピソードがあるはずだ。そう遠くないいつか、また彼らと会えることを願って、今は最後まで走り抜けた勝利とかれん、そして村山由佳さんに心からの拍手を送りたい。

文=野本由起