編集者・佐渡島庸平さんが「本当にやりたいこと」を見つけるまで【前編】/あの人の仕事論⑤

ビジネス

公開日:2020/7/7

自分らしく働き、時代の第一線を行くトップランナーたち。彼らはどんな風にして今のキャリアを手にしたか。ときには挫折も経験しながら、紆余曲折を経て現在のポジションを獲得した彼らに、“仕事とは何か?”を聞く『Indeed特別編集 あの人の仕事論』(KADOKAWA)から、「あの人」の多様な働き方や生き方、仕事に対する考えを紹介。

『Indeed特別編集 あの人の仕事論』(KADOKAWA)

楽しむ工夫を試行錯誤

株式会社コルク 代表取締役
佐渡島庸平さん(40歳 東京都)

 講談社にて『ドラゴン桜』『宇宙兄弟』など、編集者として数々の大ヒットマンガを手がけた後に、クリエイターのエージェント会社「コルク」を立ち上げた佐渡島庸平さん。「本当にやりたいこと」を見つけるまでの、その道程とは?

変化し続ける世の中で会社に居続ける方が怖かった

 灘高から東京大学へ、そして新卒で講談社に入社した佐渡島さん。学生時代から本の虫で、出版社を志望したのも「ずっと本を読んでいたかったから」だとか。

「基本的に働きたくなかったんですよ(笑)。でも働くなら出版社がいい――というか、本に関わる仕事以外したくない、と。今思えば、自信がなかったんですよね。学歴という部分ではいいものを獲得してきたけれど、仕事で通用するかどうかはわからなかったし。試されるのが怖くて、自分と向き合うことからの逃げを『働きたくない』と言い換え、正当化しようとしていたのかなと」

 だがそんな心配は杞憂に終わる。要するに「仕事とは、人を喜ばせてお金をもらうこと」だと理解した佐渡島さんは、どうすれば人は喜ぶのか、何が多くの人の喜びなのかを考え、具体的なイメージに落とし込んで昇華し――仕事が楽しいと感じるようになっていった。

「講談社ではモーニング編集部にいたんですが、マンガ雑誌なのに小説を載せたり、別の部署の部長に企画を出して新書をつくったり、マンガ原作のゲームやアニメをつくる打ち合わせに参加したり、『改めて書店を知ろう』と新人研修で行った書店でもう一度研修したり。“知りたい”という欲求が強くて、それを満足させるために、自分で勝手に案件をつくっては仕事にしていましたね」

 独立を決意したのは8年前。きっかけはやはり「知りたい欲求」だった。ネットの普及で社会が大きく変化する中、そのビジネスを知りたいと思ったのだ。

「でもそのための案件をつくろうとすると、『ネットに関しては会社全体の戦略があるから、その中で』と言われ、企画を通すための話し合いばかりに時間がかかる。世の中はこれだけ変化し続けているのに、会社の業務は『これをやっていればいい、ここで結果を出せばいい』という、狭いゲームの中の成果で完結しているんです。それで、会社に居続けることの方が怖いかもしれないと、思い始めたんですよね」

「コルク」が抱えるクリエイターは多数。『ドラゴン桜』の三田紀房さん、芥川賞作家の平野啓一郎さん、『次女ちゃん』のこやまこいこさんなど

共通認識で組織をまとめ動かすことがCEOの役割

 講談社ではあらゆる部署のあらゆる仕事に関わったはずだったが、それは「プレイヤー」としての話――ということには、起業してから気付いた。いわゆる一般社員から起業した佐渡島さんは「マネジメント」をしたことがない。例えば社内の評価制度、社員教育、社内文化などをどうつくっていけばいいのか、「全然わからなかった」と言う。

「当時の僕は、自分のことを『フラット』だと思っていて、若手社員に『俺も新人のつもりで、一緒に競争してヒット作をつくるぞ!』みたいな感じで、ガシガシアドバイスをしていたんです。今でこそ、そういう社長に若手がすごい“圧”を感じるのは理解できますが、当時は『根性が足りない』とか思っていました。会社員時代に、一社員として上司ともフラットな関係を築いていた、それを社長の立場で再現しようとしても、相手がフラットに思えるはずがない――という想像力が持てなかったんですよね。周りのみんなの反応から、だんだんとそのあたりに気付いてきて。これなんか間違ってるぞと」

『やりすぎる、さらけだす、まきこむ』という会社の行動指針を掲げたのも、起業から5年目だ。

「今の僕なら、起業の時点でまずはこれをつくります。でも当時は『そんなお題目でみんな動けるかよ!』と思っていたんです。ちなみに、最初は『さらけだす』と『やりすぎる』の順序が逆だった。でも『さらけだす』が最初にあると、みんなの行動が減るなと。例えばこういうインタビューで、最初に『さらけだしてください』と言われても、何を話していいかわからない。『今日のインタビューは、やりすぎていただいていいですよ』と言われた方が、自分のやりたい方向性でやりすぎることができる。そうすると、そのときに心の中に起きたことを『さらけだし』やすいし、『そういうことならこういうやり方がいいよ』と周囲が教えてくれるようになるんじゃないかと。

 この順番を変えるのも、役員で何時間も議論をしています。起業当時だったら『そんな議論に時間を割くなんて、ヒマ人かよ!』と思っただろうけど、ここの精度にはこだわらないと。経営側のマインドが変わると、社員の日常の行動においても、さらに大きな違いが表れてきますから。社内にどういう価値観を根付かせるのか。その共通認識によって組織をまとめ、動かしていく。CEOの仕事ってそういうことだと思います」

「なりたい自分」と「本当の自分」は違う

 そのマネジメントの手法、特に言葉を「言霊」のように社内に浸透させる部分には、編集者というバックグラウンドがあるのかもしれない。ご本人はそれを特別な強みとは思っていないようだが、メディアから取材を受ける機会が多いのは「ほかの経営者よりも自分がやろうとしていることを、わかりやすく言語化できるから」だと意識している。

週刊モーニング編集部時代に佐渡島さんが手がけた作品たち。『ドラゴン桜』(三田紀房)、『バガボンド』(井上雄彦)、『働きマン』(安野モヨコ)など、ヒット作の数々を担当。また『宇宙兄弟』(小山宙哉)はTVアニメ化、実写映画化も実現し、現在累計2400万部に到達するメガヒットに。そのほか『モダンタイムス』(伊坂幸太郎)、『空白を満たしなさい』(平野啓一郎)などの小説も担当した。全て講談社刊行

「求職中で今後どうしようか迷ったりしている人も、一度は自分の感情や考えを言語化してみる方がいい。そうすると意思決定がしやすくなると思います。ただ10代後半から20代くらいの人の場合、言語化以前に、自分の強みや自分がやりたいことをきちんと把握できている人ってほとんどいないと思います。自分のことも社会のことも、どっちもよく知らないし、『本当の自分』よりも『なりたい自分』に引っ張られて『これがやりたい』って言ってることが多いから。そういう時代は、目の前のことを言われるままに何でもやる方がいい。僕はそうでした。振られた仕事は振られるままにやり、それ以外に興味があることには自分から首を突っ込んでいく。働けるだけ働いた後に、自分が何に向いているのかが見えてきた感じでしたね」

 そうは言っても、ただ漫然と言われたことをやるだけでは、何も見えてこない。大事なのは、そこに自分なりの楽しさを探すこと。そのトレーニングこそが、これからの時代の働き方の鍵だと、佐渡島さんは考えている。

(後編に続く)