エロ本写しに没頭して会社をサボってしまった…文豪たちの憂鬱語録が病み過ぎててヤバい?
公開日:2020/7/5
「前向きになれる」「元気になれる」などのキャッチコピーが添えられた名言集は心に染みる。だが、あまりにも疲弊していたり、深い絶望の中でもがいたりしている時にはそうした名言がまぶしく見え、余計に自分がダメな人間であるかのように思えてしまうこともあるかもしれない。
いっそ、とことん堕ちて憂鬱に浸りたい…もしそう思ったらおすすめしたいのが、『文豪たちの憂鬱語録』(豊岡昭彦、高見澤秀:編著/秀和システム)。よく耳にする文豪たちの名言は力強く背中を押すものが多いが、本書は文豪たちの言葉から、絶望や悲哀、憂いが詰め込まれた名言をピックアップ。飾り立てられておらず、煌びやかでもない“鬱名言”は文豪たちの本音でもあるからこそ、誰にも立ち入ってほしくない心の内の柔らかい部分に染み入りそうだ。
才能に溢れたあの文豪も、こんなにもドロドロとした漆黒の闇を抱えて生きていたのかも――そう知ると、自分の人生の見方も変わるかもしれない。
文豪界随一の闇キャラ「太宰治」の憂鬱語録
文豪界随一の闇を抱えているといっても過言ではないのが、太宰治だろう。薬物中毒になり自殺未遂を繰り返した太宰の半生については多くの人に知られており、その絶望史に自身の人生を重ね合わせたことがある方も多いのではないだろうか。そんな太宰が名作にしたためた“闇名言”が、本書には100以上も収録されている。
“生きてゆくから、叱らないで下さい。”『狂言の神』
太宰の憂鬱語録は、シンプルな言葉の中にこれでもかというほど深い悲哀と苦悩が込められている。
“生きている事。ああ、それは、何というやりきれない息もたえだえの大事業であろうか。”『斜陽』
どれほど人生に絶望しきったら、こんな言葉をさらりと記すことができるようになるのだろうかとつい考えてしまう。人生への嘆きを文学という形で描き切った太宰。その悲観的な性格も含め、彼は人を引き付ける天才なのだと再確認させられる。
心のよりどころを遊女に求めた「石川啄木」
ページをめくりながら感傷的になっていたところに大きな衝撃を与えたのが、石川啄木のギョっとするような告白。啄木と言えば、才能がありながらも恵まれなかった、母親想いの人望家というイメージ。だが、その文豪像は彼の一面でしかないのかもしれない。彼が、妻に読まれたくないためにローマ字で記すことにした『ローマ字日記』には売春宿で買った遊女の女性器に手首まで入れたことや、エロ本写しに没頭して会社をサボったことなどが綴られており、意外な私生活が明かされているのだ。
赤裸々な告白を知って、どうしようもないクズ男だったの? …と思う人もいるかもしれないが、クズという薄っぺらい言葉だけで啄木の人間性を表すことはできないだろう。なぜなら、彼の日記からは、得体のしれない闇から逃れるべく、遊女を買わずにはいられなかった苦しみが透けて見えるからだ。
“予は今まで幾度か女と寝た。しかしながら、予の心はいつも何ものかに追っ立てられているようで、イライラしていた。自分で自分をあざ笑っていた。”『ローマ字日記』
もしかしたら啄木は、周囲が求めるような才能ある人望家であり続けようとするあまり、心の闇を色濃くしていったのかもしれない。自らが求めた遊女のぬくもりでも心の隙間を埋めることができずに苦しんだ孤独な男…。人間味溢れるその姿は泥臭くて、愛おしい。
この他にも本書は、作家生活の全期間にわたって病に苦しめられていた夏目漱石の嘆きや、死ぬことばかり考え続けた晩年の芥川龍之介の思想、薬物に溺れた坂口安吾の悲痛も収録されている。なかでも、「生きる」と「堕ちる」の間で彷徨い続けた安吾の言葉は、同じく暗闇の中でもがいている人に“正しい堕落法”を教えてくれる。
“堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わねばならない。”『堕落論』
まぶしくて前を向けない気分の日には、無理に上を向いて歩かなくていい。けれど、堕ちながらでも生き続けてほしい。そんな願いを込めて、憂鬱すらも美しく書き記された本書を、いま暗闇の中で立ち止まっている人に薦めたい。
文=古川諭香