まさか夫が浮気!? しかも実家でお金を盗んでいるかもしれないなんて… /子育てとばして介護かよ②
更新日:2020/7/13
30代で出産する人生設計だったのに、気づけば40代に突入…いろいろ決断すべきタイミングで、なんと義両親の認知症が立て続けに発覚!
仕事の締切は待ったなし、夫の言動にもやきもきする――そんな現実に直面したらどうする? 久しぶりに会った親が「老いてきたなぁ」と感じた人は必読! 『子育てとばして介護かよ』(島影真奈美:著、川:マンガ・イラスト/KADOKAWA)から“書き下ろし”を含む試し読み連載です(全9回)。
あの子、きちんと家に帰ってきてる?
普段は鳴らない固定電話に、立て続けに着信があった。きっとセールス電話だろう。そう思って留守電のまま放っておいた。でも、今日はやけにしつこい。10回ほどコールしたかと思うと切れ、数分後にまたかかってくる。うるさくて仕事にならない。根負けして受話器をとると、義母だった。
「あの子はいるかしら?」
おずおずした感じで聞かれる。あいにく、夫は外出中だった。
「今はいませんけど、あとで電話するよう
に言いましょうか?」
「いえ、いないなら、いいんだけど……」
受話器の向こうの義母はいつになく神妙な口調で、歯切れも悪い。どうにも気まずい。結婚して10年ぐらい経つけれど、夫の両親と会った回数は数えるほどしかない。年に1回、正月の家族の集まりに参加し、あたりさわりのない近況報告をし、新年の抱負を言い合う程度の関係だ。とくに険悪でもないけれど、親しくもない。実家とのやりとりはもっぱら夫の役目で、わたしが義父母と直接やりとりする機会はほぼなかった。
「完全に嫁としての役割を放棄してるけど大丈夫?」
夫に何度か聞いたことがある。返答はいつも同じで「やりたいの?」だった。
いや、まったく望んでいない。ただ、なんとなく、申し訳ないかなと思っているだけ。「年寄りに期待を持たせると、あとが大変だよ」と夫に言われると、自信がない。せっかく「やりたくないならやめようよ」と言われているのを押しのけてまで関わる理由がなかった。
そんなわけで、嫁としての経験値はほぼゼロ。義母から電話がかかってきても、どう対応したらいいのか、さっぱりわからない。
「おかあさん、どうしましたー? 何かありました?」
とっさにとった行動は「抜群に明るい声で単刀直入に質問する」だった。自分でもあきれるぐらい、能天気な声を出せたと思う。迷惑がっていることを悟らせてはいけない。でも、早く電話を切り上げ、仕事に戻りたい。
「あのね……あの子、きちんと家に帰ってきてる?」
「多分、帰ってきてると思いますけど」
「あの……ほかに女性がいるってことは……」
「おかあさん、何か見ました?」
聞き返す声が裏返った。自分でも、その切り返しはないだろうと思う。でも、軽く受け流すには義母の声があまりに真剣だった。
パッと思い浮かんだのは「夫が女性とふたりで歩いているのを見かけ、義母が誤解した」というパターンだった。ここ最近、実家の近くで飲み会があったとは聞いていないけれど、取材や打ち合わせなども含めれば可能性はいくらでもある。 最悪なのは、義母が目撃したのが決定的な瞬間だった場合だ。「駅の改札で抱き合ってキスしてたの……」などと聞かされたら、どう反応すればいいのか。
場所ぐらい選べよ! 想像するだけで夫に腹が立つ。なぜ、そんな話を義母から聞かされなくてはいけないのか。最悪だ!!
「あの子には絶対言わないでほしいんだけど……この間、旅行に行ったでしょ?」
「ああ、ご親戚(しんせき)同士で九州に行かれてましたね」
浮気現場を目撃したという話じゃないの? 戸惑いながら、あいづちを打つ。
「とっても楽しい旅行だったんだけど、帰ってきたら、あったはずのお金と通帳がなくなっていて……」
「それは大変でしたね」
「主人は警備会社が怪しいって言うんですけどね。玄関に見覚えのない男ものの傘があって。もしかしたら、あの子かなって……」
浮気を疑われている理由ってそれ!? さすがにそれは大胆すぎる推理のような気がしつつ、念のため、被害状況を確認してみる。
「ちなみに、なくなったお金っていくらぐらいでした?」
「3万円ぐらいかしら。通帳はそのあと、別の引き出しから見つかったんですけどね」
「おかあさん! 大丈夫です。彼ではないです」
仮に夫が浮気していたとしても、片道1時間半以上もかけて実家に忍び込むなんて考えにくい。わたしがキッパリ否定すると、なぜか義母はあっさり納得し、今度は息子に?られることを心配しはじめた。
「あなたがそう言うなら、きっとそうね。胸のつかえがおりたわ。あの子には絶対言わないでね。きっと怒るから」
そりゃ怒りたくもなるだろう。あらぬ疑いをかけられ、呆然(ぼうぜん)とする夫を思い浮かべながら「わかりました」と答えた。
「大丈夫です。言いません」
「約束よ。絶対言わないでね」
しつこく念押しする義母を「大丈夫です! 言いません」となんとかなだめ、電話を切った。そして夫が帰宅したあと、真っ先に報告した。こんなすっとんきょうな出来事を話さずにいられるわけがない。
話を聞いた夫は愕然(がくぜん)としていた。
「なんだよ、その話……」
「びっくりするよね。わたしも思わず、『何か見ました?』って聞いちゃった」
「その質問もひどいよ!」
「だって、おかあさん、ものすごく深刻そうだったんだってば」
「浮気をして、金に困って、実家に忍び込んで年寄りの財布から数万円盗む……って、どれだけダメな男だよ!」
あらぬ疑いをかけられた夫が気の毒でもあるのだけれど、夫が憤慨すればするほど笑えてくる。疑われている内容が、あまりに残念すぎる。
わたしたちは「結婚してもなお、親に心配され続ける素行の悪いドラ息子」を酒の肴(さかな)に笑い転げ、ほんの少し親不孝を反省し、疑惑が晴れたことに乾杯した。事態の深刻さにはまだ、気づいていなかった。
【次回に続く!】
【この連載を初回から読む!】▶『子育てとばして介護かよ』