幼女として復活した魔王と、無気力な勇者が繰り広げるほのぼの日常コメディ『Lv1魔王とワンルーム勇者』
公開日:2020/7/8
ロールプレイングゲームが好きだ。勇者となり、仲間を集め、宿敵である魔王を倒す。そのオーソドックスな展開に、いくつになってもワクワクしてしまう。けれど、魔王討伐を果たし無事エンディングを迎えると、ふと思う。世界に平和が訪れた後、勇者はどのように過ごすのだろうか――。
『Lv1魔王とワンルーム勇者』(toufu/芳文社)は、そんなRPG好きならばきっとハマるであろう一作。なにせ、「勇者が魔王を倒した、その後」が描かれているのだ。ただし、ページをめくり、いい意味で予想をはるかに裏切られた。
本作は魔王討伐から10年後の世界が舞台。ようやく世界に平和が訪れた矢先、10年の眠りから覚め、魔王が復活してしまうところからスタートする。
でも、10年って短くないか……? RPGではよく「魔王は長き眠りから覚め……」などという設定が見られるが、それは100年とか1000年レベルの話。10年って、「長き」ではないような。
本作でもその年月の短さに言及されており、案の定、復活した魔王には充分な力が備わっていない。その見た目はまるで幼女。ちんちくりんで可愛らしく、「威厳」や「迫力」といった単語からは程遠いルックスをしている。
そんな魔王の目的はただひとつ。そう、勇者との再会だ。「魔王復活」とくれば、次に待っているのは「勇者との再びのバトル」。ふむふむ、王道の展開が待ち受けているのか。……と思いきや。
魔王が訪ねた先にいたのは、堕落しきった勇者・マックスだった。世界を救ったはずのマックスは10年の間にぐうたら無気力人間になっており、世間からの評価も地に落ちるばかり。民衆のあこがれの存在、だったのもいまは昔、近所でも「近寄っちゃダメ」と噂されるようなダメ人間に落ちぶれていたのだ。
そんな勇者の姿に、魔王は落胆。そして、彼を10年前の凛々しい男に戻すため、魔王は小汚いワンルームで勇者との共同生活をスタートさせていく。……こんなの予想外すぎる!
本作は魔王と勇者という敵対し合う関係を逆手にとり、ふたりの掛け合いをユニークに描いたコメディだ。本来、悪役であるはずの魔王はまるで「おかん!」と呼びたくなるほどの世話焼き。対して勇者は、無気力なおっさん。正反対のふたりのやりとりは微笑ましく、魔王と勇者というよりも、しっかりものの娘とダメ親父を見ているかのようだ。
また、物語が進むに連れ、勇者のかつての仲間たちの行方が明らかになるとともに、この世界が抱えている問題も描かれる。どうやら、仲間のうちひとりは王国を離反し、「テロ組織」を結成したよう。もちろん、勇者はその戦いにも巻き込まれていく。……はずなのだが、彼はどうしたってやる気がない。物語はシリアスになりすぎることなく、あくまでも魔王と勇者のゆるい日常が続いていくのだ。
とはいえ、最新の第3巻まで読み進めると、作品の雰囲気が少し変わりはじめる。それまでは勇者と魔王が過ごすほのぼのとした日々がメインに据えられているが、いよいよ人間と魔族が入り乱れたバトルも描かれていくのだ。
カギとなるのは、前述した「テロ組織」の存在。彼らが王国に対し爆破テロを起こしたという“疑い”が持ち上がり、一触即発の状態に陥るのだ。そしてもちろん、マックスもその争いに巻き込まれそうになる。ただし、勇者として矢面に立つことから退いたマックスは、なかなか腰を上げようとはしない。
けれど、そんなマックスをさておき、事態は刻一刻と悪い方向へ転がっていく。世界がまたしても戦乱の世を迎えつつあるのに、それでもマックスはなにもしないのか。自堕落なままなのか。ここから先、マックスが世界のために本気で立ち上がる日はやってくるのか。読者はやきもきしながら、その行方を見守ることになるだろう。
すべてのRPG好きに捧げたい、魔王と勇者の「その後」の物語。ほんわかした世界観、そしてほんの少しシリアスな物語運びに、ゆる~く浸ってもらいたい。
文=五十嵐 大