その診断、間違ってるかも。うつ病にしか効かない『抗うつ薬』を処方されている場合も!?/「薬に頼らずに、うつを治す方法」を聞いてみました⑤

暮らし

公開日:2020/7/20

復職後再発率ゼロの心療内科の先生に、”うつ”についてのあれこれを聞いてみました。「こころの病気」や「うつ病」、「いかに、うつを治すか」などについて学びながら、回復していくプロセスをわかりやすくリアルに伝えます。

『復職後再発率ゼロの心療内科の先生に「薬に頼らずに、うつを治す方法」を聞いてみました』(亀廣聡、夏川立也:著/日本実業出版社)

そもそも本当にうつなの?

 亀仙人は鼻をふくらませたまま続けます。

「再発率0%には、当然ながら理由がある」

「どんな理由があるんでしょうか?」

 私は少し身を乗り出して食いつきます。だって、なんといっても全国平均が47.1%もある再発率です。それが0%をキープしているなんて、すごすぎます。

(いったいどんな治療法? 治療法でなければ特別な薬? それか、なんかよくわからないマシンを使うとか?)

 グルグル回る考えをあざ笑うかのように、亀仙人は言いました。

「正しい診断をきっちりと下して、正しい治療を行うこと」

 ドテッ。またまた私はズッコケます。

「それって、当たり前じゃないですか」

 どんなすごい方法を聞かせてくれるのかと思っていたら、正しい診断に正しい治療って……。ほおをふくらませる私を、なだめるかのように亀仙人は言います。

「いやいや、心療内科の世界では、それがなかなかできていない現実があるんだよ」

 亀仙人は大きなデスクのイスから立ち上がると、右側に置かれているホワイトボードの前に移動しました。

 いっぱい書かれている文字の半分くらいをササッと消すと、黒色のホワイトボードマーカーのキャップをポンとはずして「抑うつ状態(※3)」と書きました。

※3 「抑うつ状態」とは、日常的にはうつ状態と表現されることが多く、憂うつ、落ち込むといった気分が強く、かつ持続している状態のことを指します。

「ひなたちゃん、まず、心療内科を受診する人の抑うつ状態というものには、病的なものと、病的でないものがあるんだ」

 亀仙人のホワイトボードを使ったレクチャーに、私は思わず身を乗り出します。学校の授業とちがって自分に直結するのです。でも、いまいち意味がよくわかりません。

「病的じゃない抑うつ状態って、いったいなんですか?」

「ま、簡単に言うと、単なる落ち込みだね」

「落ち込み? そんなことで心療内科に来る人がいるんですか?」

「いるよ。たくさん。失恋したとか」

「私なんて、そんなのしょっちゅうですよ」

「そうだよね」

「……ここは否定するところだと思いますけど」

「ごめん、ごめん。でも実際に、失恋のショックで来院して。そして次の予約までしたのに、2週間後、もう元気になったのでいいです、ってキャンセルが入ったり」

「はぁ……」

「女性は立ち直りが早い……。女性は怖いよ……」

 何を思い出しているのか、亀仙人はぶつくさ言いながら続けます。

「まぁ、これは、そもそも誰にでもある気分の一時的変化で、治療対象外」

「そりゃそうですよね」

「他にも夫婦ゲンカしたとかもあったね。そういう相談は、心療内科ではなく、みのもんたにしてくれ~」

 なんのことだかキョトンとする私に、亀仙人は言います。

「午後は○○おもいッきりテレビの、おもいッきり生電話のコーナー、知らない?」

「知りませんよ」

「昭和なのか~、時代の変遷が早すぎる……」

 よくわからないことを口走る亀仙人をさておいて、そんなに気軽に心療内科を訪れる人もいることに私は驚きます。亀仙人は続けます。

「うちのクリニックは大手も含めて30数社の企業と顧問契約を交わしているんだ。そこの社員の中には、そういう人もたまにいるんだよ」

(なるほど……)

「駅前クリニックで診察するという前提で言うと、問題は、抑うつ状態(抑うつエピソード)を示す病気には6種類程度あるってことなんだ」

「6種類ですか」

 6種類が、多いか少ないかはよくわかりません。でも、そう答えながら、(私もやっぱうつなのかな……)そんな考えが浮かんでは消えます。

「認知症も抑うつ状態を示すことがあるけど、うちでは診ていないので省くからね」

 亀仙人はそう言いながら、ホワイトボードにテキパキと書いていきます。

・双極性障害
・大うつ病(うつ病)
・ 抑うつ体験反応(神経発達障害との併存症として広義の適応障害を含む)
・症候性抑うつ状態
・統合失調症の抑うつ状態
・薬剤性抑うつ状態

 なんだか恐ろしげな病名の羅列に、私は少し圧倒されました。

「この中で、実際に抗うつ薬が効くのはひとつ、大うつ病(うつ病)だけなんだ」

 なんだかよく理解できないので、私は尋ねました。

「ということは、つまりどういうことでしょうか?」

「つまり多くの人が、抑うつ状態だけにフォーカスして『うつ病』だと診断されて、うつ病にしか効かない『抗うつ薬』を処方されているってことだよ」

「それ、思いっきり問題じゃないですか」

「そうなんだ、ほとんどの場合は抗うつ薬じゃ治らないんだよ。実際に、うつ病だと診断されて、うちのクリニックに転院してきた例はこれまでに540例ほどあるんだ」

「めちゃくちゃ多いですね」

「それだけ状況が改善されない長期療養者が多いってことでもある」

 驚きの実態を耳にして、私は思わず黙ってしまいます。沈黙を破るかのように亀仙人は言いました。

「ここで問題です」

「また、クイズですか?」

「転院してきた患者さんのほとんどがうつ病だと診断されて、抗うつ薬や睡眠薬などを出されていたんだけど、その中で実際にうつ病だった患者さんは何人でしょう?」

 え~……。想像もできませんでしたが、抑うつ状態には6種類あるという言葉を思い出して答えました。

「もしかして、6分の1でしょうか」

「ブブゥ!」

「お医者さんの診断ですもんね。さすがにもっといますよね」

「いや、正解は、2人なんだ」

「2人!? 540人中、たったの2人ですか? それって……、たったの0.37%じゃないですか」

 私は子どものころ、そろばん塾に通っていたので、暗算は得意なのです。亀仙人は目を丸くして言います。

「ひなたちゃん、君、計算、めちゃくちゃ速いね……」

「昔、そろばん習ってたもので……ふふふ」

 誰にでもひとつくらいは特技があるものです。亀仙人は背筋を伸ばして続けます。

「だから、ひなたちゃんも、もっと症状が悪くなってから他の心療内科に行っていたら、うつ病と診断されて抗うつ薬の処方で済まされていたかもしれないよ」

「考えるだけで恐ろしいですね」

 そう答えてから、私はふとつぶやきました。

「ということは……私はうつ病ではないんですか? てっきりうつ病なのかと思ってましたよ」

「おそらく、ちがうと思うよ」

「じゃ、私の病名はなんですか?」

「まぁあせらないで。こころの病気の場合、病名がひとり歩きするから、あわてて知ろうとしないくらいのほうがいいんだよ」

「そんなものですか」

「そう、治療しながらゆっくりと教えてあげるから安心して」

「はぁ……」

 少し納得できませんでしたが、亀仙人は力強く言います。

「とにかく、大うつ病には抗うつ薬は効く。でも、何年も抗うつ薬を飲んでいて改善されていない人は、かなりの確率でうつ病ではないと断言するよ」

「誤診ってことですか? でも、どうしてそんな誤診が横行するんですか?」

「それは、まぁ、『うつ』が一番わかりやすい病名だからね」

 そう言いにくそうに答える亀仙人に、私は食いつきます。

「わかりやすい病名ってどういう意味ですか?」

「いや、まぁ……」

「病名にわかりやすいとか、わかりにくいとかあるんですか?」

「まぁ……」

「じゃぁ、逆にわかりにくい病名ってなんですか?」

「それはたとえば……、『こつそしょうしょう』とか」

「それ、言いにくいだけじゃないですか。ふざけないで真面目に教えてくださいよ」

「いや、それは、このあとでまた説明するから」

「気になるじゃないですか」

「あせらないで。まだまだ診察は続くから、とりあえず、ちょっと一服しよう」

 

 そう言って亀仙人はデスクの内線でお茶を頼みました。しばらくして、お盆に湯のみ茶碗を2つ乗せて、受付の女性が現れました。

 そのひとつを手に持ち、ふたを開けると湯気がフワ~と立ち上ります。その湯気を見ながら、私はパンドラの箱を開けてしまったような気持ちになりました。


<第6回に続く>