病院選びで「混んでる=人気がある」は大間違い!/「薬に頼らずに、うつを治す方法」を聞いてみました⑥

暮らし

公開日:2020/7/21

復職後再発率ゼロの心療内科の先生に、”うつ”についてのあれこれを聞いてみました。「こころの病気」や「うつ病」、「いかに、うつを治すか」などについて学びながら、回復していくプロセスをわかりやすくリアルに伝えます。

『復職後再発率ゼロの心療内科の先生に「薬に頼らずに、うつを治す方法」を聞いてみました』(亀廣聡、夏川立也:著/日本実業出版社)

「うつ病」は便利な病名!?

 お茶をズルズルとすすりながら時計を見ると、もう2時になろうとしています。

 初診は2~3時間と言われて驚きましたが、あっという間に1時間が経っていました。亀仙人は湯のみ茶碗を片手に「茶柱が立ってる! ラッキー!」と喜んでいます。

「誰にも知られず、黙って飲み干さないと幸運は消えるんですよ」

 私がそう言うと、亀仙人はしまったという顔をしました。いいおじさんなのに、ちょっとカワイイ……。亀仙人は口をとがらせて言い返します。

「茎の片側だけが水を含んで重くなるから、茶柱が立つという現象が起こるんだ」

 どうでもいいような理屈ですが、亀仙人は鼻をふくらませて続けます。

「茎が混入するような安い番茶を売るために、茶柱が立つと縁起がいいというマーケティング戦略を取ったんだという説もある」

 どうだと言わんばかりの亀仙人ですが、私は冷静に言い返します。

「そんなマメ知識はいいですから、『うつ』が便利な病名っていう意味を教えてもらえませんか」

 その瞬間、真面目な顔つきに変わった亀仙人は言いました。

「じつは、うつ病と、今の話はつながるんだよ」

「茶柱の話がですか?」

「そう、茶柱が立つと縁起がいいというのは、本当に幸運になるかどうかという問題ではなく、その人が納得するかどうかだよね」

「まぁ……」

「茶柱が立つと幸運なんだとみんなが納得するから、茶柱=幸運が成立する」

「わかるような、わからないような……」

 首を傾げる私を見て、亀仙人は思わぬたとえを持ち出します。

「コアラのマーチで、眉毛があるコアラが入っていたらラッキーみたいな」

「余計にわかりにくくなってますよ」

「そうかな。好きなんだよなコアラのマーチ。いいたとえだと思ったんだけど……」

「つまり、うつだと言われて、患者さんが納得するから、うつだということですか?」

「わかりやすく言うと、そういうこと」

「お茶やお菓子と、病気とではかなりちがうと思いますけど」

 なんとも微妙な説明に対して口をとがらせながら反論する私に、亀仙人は答えます。

「心療内科のクリニックって、たいてい駅から徒歩数分圏内にあるよね」

(たしかに、そう言われてみるとそうです)

「どうしてだかわかる?」

「それは、サラリーマンやOLが通いやすいからじゃないでしょうか」

「ピンポーン!」

「昭和の効果音はやめてもらえますか」

「そんな駅から徒歩数分の立地で、有資格者を数人抱えて、クリニックを維持していこうとするにはどう?」

「かなりの経費がかかりますね」

「そう、最低でも1日30人、多少の蓄えでもつくろうと思えば40人以上の患者さんが必要だと言われてるんだ」

「1日8時間診察したとして、480分だから、1人あたり12~16分ですね」

「さすが、計算が速い! だから、15分程度の診察が横行することになる」

(でも、それってクリニックも商売である以上、しかたのないことかも……)

 そう思った私を見透かすかのように亀仙人は続けます。

「経過を診るような、短時間で済ますことのできる患者さんに対してはそれでいいんだよ。でも、臨床心理士などのカウンセラーもいないのに、初診を15分診療で片づけて薬だけ出すようなクリニックは絶対ダメなんだ」

 亀仙人は眉間にシワを寄せて力説します。

「患者さんであふれているクリニックを見ると、流行っているからいいクリニックだってみんな完全に誤解するよね」

「そりゃ、混んでるほうが、人気があるから安心だと思いますよね」

「何を言ってるの?」

「え!?」

「クリニックは、飲食店とちがうからね」

(たしかに……)

 この瞬間、場の空気が少し変わったのを私は感じました。重たい感じではなく、身が引き締まるような緊張感が走ります。

「いい診察をしてくれる、治してくれるから患者さんであふれるとはかぎらないんだよ」

「じゃ、どうして混むんでしょうか」

「『うつっぽいんです』と訪れる人に、そのまま乗っかって『うつです』と診断して、テキパキと薬を処方してくれるから混むんだよ」

「……」

「駅前クリニックで診療していると、会社を休むために『うつ』だという診断書がほしいだけの人や、とにかく薬を処方してもらいたいだけの人が山ほど来るんだよ」

「マジですか?」

「うちのクリニックでは、実際に、月に40~50人のそういった患者さんを断っている」

 私は思わず絶句してしまいました。

「断った人の中には、それでも医者かって、イスを蹴って帰ったりする人もいる」

 そう聞いて驚く私に、亀仙人は続けます。

「寛解状態(※4)まで持っていこうと思うと、時間をかけて診察しないと正しい病名がわからない場合が多いし、患者さんにはちょっと苦しい思いや努力をしてもらい、自らの病気を〝征圧〟するという意志を持ってもらう必要もある」

※4 「寛解状態」とは治癒や完治とちがって、病気による症状が好転もしくはほぼ消失し、医学的にコントロールされた状態のことを指します。心療内科の世界では、社会的な活動にほとんど影響されない程度にまでよくなった状態のことで、場合によっては再発する可能性もあるため、寛解後も治療を続けるケースもあります。

 寛解のためには、病気の特性を理解すること、人生を振り返りながら病気を悪くするような自分のクセや特徴に気づき対処を工夫すること、それに飲んでいる薬の名前や作用・副作用を知るといった、疾病教育や心理教育、服薬指導が必要だと亀仙人は言います。

 亀仙人のあまりの迫力に、私は言葉が出ません。

 すると突然、亀仙人は落語家のように一人二役で話しはじめます。

「うつっぽい? たしかに、うつですね。では、抗うつ薬」

「……」

「眠れてます? 眠れてませんか、では、睡眠薬」

 急な展開に、ポカンとしたままの私です。

「こんな具合では、クリニックが薬を飲むきっかけにしかならない」

「……恐ろしいですね」

「そうだよ。薬には副作用が必ずあるからね。その副作用で会社に行けなくなることもあるんだ。もともとどうして会社に行けなかったのか、その原因すらわからなくなっている人がたくさんいるんだよ」

 亀仙人の独り芝居のトークは、キレ芸人風なスタイルに変わりながら続きます。

「そんなの、クリニックではなく薬の自動販売機だね」

「それは言いすぎじゃないですか」

「いや、そういったクリニックが横行している現状をなんとかしないと」

 いつの間にか亀仙人の頭上からは、機関車のように湯気が立ち上っています。

<第7回に続く>