「うつ病」と間違われやすい「双極性障害」ってなに?/「薬に頼らずに、うつを治す方法」を聞いてみました⑧

暮らし

公開日:2020/7/23

復職後再発率ゼロの心療内科の先生に、”うつ”についてのあれこれを聞いてみました。「こころの病気」や「うつ病」、「いかに、うつを治すか」などについて学びながら、回復していくプロセスをわかりやすくリアルに伝えます。

『復職後再発率ゼロの心療内科の先生に「薬に頼らずに、うつを治す方法」を聞いてみました』(亀廣聡、夏川立也:著/日本実業出版社)

双極性障害ってなに?

 亀仙人は何も書かれていない問診票の束を引き出しの中から取り出して、私に手渡しながら言いました。

「次回までに、この問診票に書いてきてもらっていいかな」

 数十枚はあろうかという紙の束です。

「ひなたちゃんだけじゃなく、家族や職場の人に書いてもらう分もあるからね。できる限りいろんな方向から情報を集めて、アプローチして診断していくからね」

「う~ん……」

(でも、できれば職場の人たちには伏せておきたい)

「家族はまだしも、職場の人は……」

 思わずそう渋る私に、亀仙人は言います。

「ケガをして杖をついている人が職場にいたら、ひなたちゃんだって助けるでしょ?」

「そりゃ……」

「それはなぜ?」

「なぜって、困っている人がいれば、助けてあげるのは当然のことだからですよ」

「そうだよね。でも、こころの杖は他人には見えないんだよ。だから、隠そうとするのではなく、カミングアウトすることが大切なんだ」

 しぶしぶうなずく私を見ながら、亀仙人は続けます。

「でも、無理しなくていいし、がんばる必要もないんだ。誰にでもあることなんだから、歩けないときにそっと肩を貸してもらうくらいに思って」

 私は黙って、カバンの中に問診票の束をしまい込みました。そんな私をやさしい目で見つめながらも、亀仙人は冷静に話しはじめます。

「うちのクリニックに、ひなたちゃんのように初診で来る人は全体の3分の1。残りの3分の2は他院からの転院。で、そのほとんどが『うつ病』と診断されて、薬を飲み続けているけれど改善されない人たちなんだ」

「それってつまり、ゼロからではなく、マイナスからのスタートですよね」

「だから、最初の数か月は薬をやめるためだけに費やしてしまうことになる」

「数か月もですか?」

「飲んでいた薬をやめる際には、頭痛や、じっとしていられない、イライラして落ち着かない、気分が滅入る、眠りにくいといった禁断症状が出るんだ。それらへの対処をしないといけないから大変なんだよ」

「う~ん……」

「こんなにつらい思いをするくらいなら、元のクリニックに戻って薬を飲むほうがいいと言って、通院をやめる患者さんもいるんだよ。薬に頼らない治療には、しっかりとした覚悟が必要なんだ」

「え~、でもそれってうつ病じゃないのに、うつ病の治療に逆戻りってことですよね」

「そう……、でも、本人の意思だから医者にはどうすることもできない」

 そう言って、亀仙人ははじめて少し暗い表情を見せました。

 その表情を見て、私の中に、やっぱりこの人はいい人なんだという思いが浮かびました。そんなことにはおそらく気づかず、亀仙人は続けます。

「そもそも、本当にうつ病を患っている人は、見ただけでわかることが多いんだよ。身なりとか化粧とかをきっちりとできていて、自分で何枚もの問診票をすみずみまで書ける時点で、まず、うつ病ではない」

「そういうものですか」

「うつ病になると、冬なのにゴム草履のまま左右ちがう靴下を履いていたり。髪の毛はボサボサ。目は笑っていないのに無理して笑おうとするから違和感があるんだ。何より最大の特徴は、本人がよくこう言うことだ」

「なんて言うんでしょう?」

「私は、うつではありません」

「本当ですか? まるで、俺は酔っていないと言う酔っぱらいみたいですね……」

「笑いごとではないけど、そういうことだよ」

「じゃあ、うつ病と診断されてそうでなかった人はどんな診断になるんでしょう?」

 思わず私の口から出た素朴な疑問に、亀仙人はホワイトボードを指差しました。

「うちのクリニックでは、その6割以上が、あそこに書いた〝双極性障害〟のうちのひとつの〝双極Ⅱ型障害〟という診断になったんだ」※5

※5 うつ病患者の60%が、じつは双極Ⅱ型障害である。(Benazzi.2004)
 双極Ⅱ型障害の37%はうつ病と誤診されている。(Ghaemi.2000)
 双極性障害の77%が最初にうつ病などと診断されている。
 正しい診断までに4年以上かかった人が51%いた。(ノーチラス会アンケート)

「双極性障害?」

 よくわからない言葉に眉間にシワを寄せながらホワイトボードを見つめる私に、亀仙人は言います。

「双極性障害は、一般に『躁うつ病』と呼ばれる病気だね」

「躁うつ病!?」

(何かタチが悪そうな病名です。うつでないなら、もしかして私も躁うつ病? 双極性障害?)

 なぜか自分が診断されたような気持ちになって、急に心臓がバクバクしてきました。

「それって、治らないんですか?」

 絞り出すようにそう口にすると、亀仙人はおだやかに指示します。

「大丈夫だよ。ひなたちゃん、ゆっくり、長く、息を吐いて……」

 ふーっ……、ふーっ……、ゆっくりと呼吸を整えている私に亀仙人は言いました。

「治らないものだと刷り込まれて薬を出し続ける精神科医も、そう思って通い続ける患者さんも多いけれど、実際には寛解状態に持っていくことは間違いなくできる。だからこそ、うちは再発率0%の心療内科なんだよ」

 優しく諭すようで、それでいて自信に満ちあふれた亀仙人の言葉に、私の中に勇気が少し湧いてきました。

 私の気分が落ち着くのを待って、亀仙人は双極性障害について教えてくれました。

 

「双極性障害」には「Ⅰ型」と「Ⅱ型」の2種類あって、「Ⅰ型」は躁状態が顕著で、「Ⅱ型」は躁状態の山が長くてわかりにくいという特徴があるそうです。高速道路にたとえると、それはまるで上り坂を示すサインがないと気づかない程度のゆるやかな上り坂。何気なく数キロ進んで振り返ってみてやっと、けっこう高くまで登っていることに気づくような、そんな感じだと言います。

 どちらも、うつ病のように原因がよくわからない「こころの病気」ではなく、脳神経系のバランスが崩れることで発症するという、メカニズムがわかっている病気だそうです。

 脳神経には「中枢」と「末梢」の2種類があって、「中枢」は思考・気分・意欲といった高次機能を司り、「末梢」は運動神経・自律神経を司ります。その両方がバランスを崩すことで、さまざまな症状が出ることになります。

 末梢神経である自律神経がバランスを崩すと、悲しくもないのに涙が出たり、暑くもないのに汗をかいたり、突然の動悸やめまい、耳鳴り、頭痛といった身体の不調が現れます。

 一方、思考・気分・意欲を司る中枢神経がバランスを崩すと、こころのバランスがおかしくなってしまいます。

 誰にでも気分の上下や、やる気のあるなし、という波のようなものは存在します。通常の状態では、思考・気分・意欲の3つの波が同調して、気分が落ち込めば(気分)、やる気がなくなって(意欲)、何も考えたくなくなります(思考)。逆に気分が上がれば、やる気が増して、さまざまなことを考えます。しかし、中枢神経がバランスを崩すと、思考・気分・意欲の波にズレが生じてしまうのです。


<第9回に続く>