「先生に“お任せ”」が最も危ない!? 病院にかかる前に知っておきたい医師のトリセツ
更新日:2020/7/12
新型コロナウイルスの報道で「軽症」と「重症」という言葉が出ると、情報番組ではコメンテーターが侃々諤々の議論を繰り広げていたけれど、SNSでは医療者が考えている「軽症・重症」と一般の人が考える状態に大きな隔たりがあると話題になった。それはPCR検査についても同様で、まるで死亡者が検査さえ受けていれば助かっていたかのように報じていたのには、深い憂慮を覚えた。斯様な医療者と一般の人々との間にある溝を埋めようと執筆活動を精力的に行なっている医師もおり、『医者と病院をうまく使い倒す34の心得 人生100年時代に自分を守る上手な治療の受け方』(山本 健人/KADOKAWA)はその一冊だ。
病院の利用法は、一つの技術
本書の一番の特徴は、「病院の利用法は、一つの技術です」と述べている点。読者の中にはタイトルの「使い倒す」という言葉に不躾さを感じる人がいるかもしれないが、対話テクニックを解説したハウツー本が世の中にあふれていることを考えれば、医療者も人間なのだから相対するにはコミュニケーション術と同様にテクニックを身に着けて、技術の向上を図ることが必要だろう。
著者は、交通事故が起こった直後に対処法を慌てて学んでも頭に入らないとして、「事故を起こす前に落ち着いて」学習する必要があると説いている。特に日本は国民皆保険制度のおかげで、「医療にアクセスしやすい国」である反面、「美容院で好きな髪型にカットしてもらうように」利用してしまう人が少なくない。しかし、事前に準備せずにぶっつけ本番で病院に行くというのは、実に安易で場合によっては不利益ともなる行為なのだ。
検査に対する医者と患者の考え方の違い
PCR検査を受けるために病院をハシゴした芸人や、検査を受けないと安心して仕事に行けないと訴えていた芸能人がいたが、本書を読むと医療における「検査」の意味が世間でどれほど誤解されているのかが分かる。なにしろ検査についての解説が各章をまたいで頻出するくらい。中でも、私がもっとも重要だと思ったのは、検査はあくまで「今」の状態を知ることができるだけで、「未来を保証するものではありません」ということ。
それこそ感染症は、検査時に陰性だったとしても明日には感染するかもしれず、心配だからという理由では毎日検査しなければならなくなってしまう。それに、本当は陰性なのに陽性と判定されてしまう「偽陽性」があれば、その反対の「偽陰性」というのも起こりうる。それらを総合的に考え、医師は「検査のメリット」を最大化するために「検査が必要かどうか」を、まず「検査以外の方法で」判断するのだそうだ。
症状の記録を残しておくスマホ活用術
蕁麻疹(じんましん)や腹痛など、発症しても時間が経つと症状が消失してしまうケースがある。そういう場合に、病院に行っても仕方ないと考える人もいるだろうが、病院に行った時には症状が治まってしまっていたというのは、よくあること。しかし本書によると、「受診時に症状があること」は必ずしも重要ではなく、むしろ「症状の経過」こそが大切なのだという。
そこで活用したいのが、スマホである。皮膚の状態や、便の色、吐いたときには吐物など、写真を撮っておくと有効に使える場面が多くあるそうで、精密検査に踏み込むかどうかの判断材料にもなるのだとか。他にも、痛みの場合なら「いつからその痛みが始まったのか?」とか「痛みには波があるのか?」などをメモしておくと、医者が知り得ない経過観察の重要な記録となる。医者に何か質問したいことも同様で、医者を前にすると忘れてしまうというのはありがちだから、文明の利器をしっかり活用したい。
「セカンドオピニオン」を正しく理解する
セカンドオピニオンを、主治医とは別の医者の診察を受けることと勘違いしている人は多いかもしれない。だが本書によれば、「身体診察や検査は行なわれません」とのことで、患者に対して主治医と同じ意見を持つかの「相談」に応じるだけ。また同時に、セカンドオピニオンを受けたからといって「もとの医者のところには戻れない」なんてことはないし、主治医と同じ意見がつけば治療するにあたって安心感を得られるメリットはあると考えられる。
著者自身は保険が利かない点と、「想像もつかなかったアイデアが得られる、といったケースは多くありません」という点から積極的には勧めていないが、利用したいときに「主治医の顔色をうかがう必要はない」とも述べ、患者自身が治療方針について深く理解する機会が得られることは評価している。また、セカンドオピニオンで出会った医師との相性がよく主治医を替えたいと思ったのなら、それは構わないとしている。患者にとっては、「納得のいく治療を受けること」がもっとも優先されるべき事項だからだ。
つまり病気の治療の主役は自分であり、チームリーダーとして選択するのも自分。だからといって、自身で医学の勉強をするのは難しい。でも専門家を使いこなすには、やはり勉強が必要だ。今からでも本書を携えて、一流の患者を目指してみるのはいかがだろうか。
文=清水銀嶺