トイレ使用は複雑⁉ LGBTQA当事者のリアルな悩みを知るための当事者マンガ

マンガ

公開日:2020/7/18

『ぼくは性別モラトリアム』(からたち はじめ/幻冬舎)

 近年メディア上でも目にする機会が増えた、セクシュアル・マイノリティ(性的少数者)を総称する「LGBT」という言葉。それぞれの頭文字が何を指すのかは知っていても、「当事者が社会的少数者であることで、どんな苦労や悩みを持つことが多いのか」についてはイメージが湧かない人もいるだろう。

『ぼくは性別モラトリアム』(からたち はじめ/幻冬舎)は、そんな人にこそ読んでほしい実録マンガだ。著者のからたちはじめさんはイラストレーター。小学生の頃から自分が「女の子」であることに違和感を覚えはじめ、十数年にわたって「自分は女ではない! 男になりたいのだ」と信じてきたという。

 本書は、そんなからたちさんが、SNSを通じていろんな意見を聞きながら、あらためて自身と向き合った過程が綴られている。

advertisement

 異性愛者であり、出生時の性別と性自認がともに「男」である筆者が読むと、マンガとして表現されたからたちさんの人生や現状には、「そんな苦労や悩みがあったんだ……!」と驚く話が多い。

 たとえば、からたちさんは体の性別は女性のままで、服はメンズを着ている。そうなると問題になるのが、外出先でのトイレの利用だ。からたちさんは、女子トイレに先客がいるとガマンして別のトイレを探しがちで、「そっち女子トイレですよ」と注意されたこともあるという。

 一方で「だれでもトイレ」「多目的トイレ」やコンビニのトイレなどは気楽に入れるとのこと。世の中の施設やサービスには「男/女」でカッチリと線引きがされているものが多いが、体の性別と性自認が一致していない人や、自分の性別が分からない人・迷っている人には利用しづらいケースもあるんだな……と本書は気づかせてくれる。

 なお、自分の性別や性的指向が分からない人、迷っている人の状態は「クエスチョニング」とも呼ばれ、LGBTと合わせてLGBTQと呼ばれることもある。そこに「A(アセクシュアル=他者に恋愛感情や性的欲求を抱かない人)」を加えてLGBTQAと呼ぶケースも近年は増えている。

 本書では、からたちさんがQやT(トランスジェンダー)側の悩みを抱えている立場から、そのLGBTQAの概念についても解説。「LGBとTを同列に並べるのはちょっと違うのでは?」という持論も展開している。

 そしてトランスジェンダーにおいても「『異なる性別で生きたい』という気持ちの強さにも人それぞれのレベルがある」という事情も説明されている(からたちさん自身は現状ではホルモン治療や手術、戸籍変更等は希望していない)。

 最近はLGBTという言葉の認知が広がる一方、誤ったステレオタイプが広がったり、それが一緒くたに語られたりすることの弊害も増えている。「実はLGBTQAの各々がゴッチャになりがち……」という人は、このあたりの話はぜひ読んでほしい。

 また本書で興味深く読んだのは、からたちさんが「『女の子だから』と外から言われてきて、無意識にそれに反発していたのではないか」とSNSで指摘を受け、それに深く納得した……という話だ。

「女の子なんだから手伝いをしろ」「女の子なんだから料理をしろ」「女の子なんだからスーツにはヒール」「女の子なんだから結婚して家庭を持つのが幸せだ」……。

 これらは、からたちさんが実際に言われてきた言葉。言われるたび、からたちさんは「好きで女やってんじゃねーし」「なんで男じゃなかったんだ」と思っていたという。

 この話から分かることは、人が抱える性別や性的指向の悩みには、その社会に広まるジェンダー観が深く関わっているということだ。日本の場合は男尊女卑・女性差別の問題が根深く、「男は仕事、女は家事・育児・買い物」のような性別役割分業の意識もいまだに強い。

 そんな社会では、「男性」「女性」の型や規範から外れた生き方は難しいし、女性嫌悪や男性嫌悪なども生まれやすいだろう。

 こうした問題は一から勉強しようと思うとなかなか難しいのだが、『ぼくは性別モラトリアム』はマンガという形で、からたちさんが自身の迷いや葛藤も、その先にある発見・気づきも、実体験を物語っている。性別や性的指向が異なる立場にいる人も、著者の気持ちに寄り添いながら読み・学ぶことができるはずだ。

文=古澤誠一郎