水野敬也さんは夢を叶えても幸せにならなかった? 『夢をかなえるゾウ4』から見る夢の手放し方

文芸・カルチャー

公開日:2020/7/22


 水野敬也氏の大人気シリーズ「夢をかなえるゾウ」の最新作『夢をかなえるゾウ4 ガネーシャと死神』(文響社)が7月、5年ぶりに出版されました。「夢は持った方がいい」という考え方がある一方、「夢を手放すことも必要」だと語る著者。現代多くの人が生きづらさを抱える中で、こうあるべき! と思っていた固定観念を崩すとともに、私たちはどんな選択をしながら生きていけば良いのでしょうか。お話を聞きました。

夢を叶えても幸せにならなかった

――『夢をかなえるゾウ4』は、“夢を手放す”ことも大きなテーマかと思いますが、なぜここに着目されたのでしょうか。

水野敬也さん(以下、水野):僕自身がどんどん夢を叶えてきても幸せになれてないぞと思ったんです。「夢をかなえるゾウ」シリーズや『スパルタ婚活塾』(ドラマ「私 結婚できないんじゃなくて、しないんです」原案)をはじめ、次々とヒット作にも恵まれたし、今まで努力をして一個一個階段を昇ってきた自負もあります。作品がドラマ化され、有名な俳優・女優さんたちが集まるドラマの打ち上げにも呼ばれて、いよいよ僕も華やかな世界に入るんだな…と思ったんです。しかし、いざ参加してみたら原作者だから結構大きい顔ができるかもといった想像は砕け、そこには僕の居場所がなかったんです。

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 確かに華やかな道筋はできたし、夢を叶えることは素晴らしいことですが、一方で夢を叶えても幸せにならないこともあるのかなと思ったんですよね。

夢は手放してもいい

――ご著書には「夢を持つことはいい」とある一方「夢を手放すことも大切」とあります。どのように理解すればよいでしょうか。

水野:最終的には何を選んでも幸せですが、たとえば僕の後輩にAくんという元高校球児がいます。Aくんは野球の松坂選手と同世代で、同じ時期に補欠ながら甲子園にも出ていたんですよね。それから月日が流れ、たまたまAくんがテレビを見ていたら松坂選手が甲子園を振り返っていて、その中にAくんは映っていなかったらしいんです。Aくんは「俺もあそこにいたぞ!」とすごく悔しくなり、「水野さん、俺は俺で本を100万部売って、松坂にもあのとき俺はいた! って言いたい!」と熱くなっていて…。もちろん彼の気持ちも分かりますが、では松坂選手と比べて野球の2軍であったAくんが人間として価値がないの? と聞かれたらそんなことはないんですね。松坂選手が素晴らしい世界において、彼は2軍になってしまうけれど、人間の価値ってどっちが上でどっちが下なんてないんです。

 また、夢を追うことが素晴らしい世界では序列ができてしまうので、Aくんが100万部出したいと言って頑張ることもいいし、もし100万部出なかったとしても彼の人生に価値がないかというと絶対違います。よく自己啓発本やビジネス書で「こうすべきだ!」と書いてあるものを目にしますが、それだけだと椅子取りゲームというか、そこの枠に入れなかった人は幸せになれないとなると、また変な話じゃないですか。それよりも本人が選択できるグラデーションがあること、選んでも選ばなくても幸せになる調節機能があることを知っておくことが大切なのかなと思っています。


――では、たとえば結婚願望のある女性がいて、婚活をしていてもなかなか結果が出なかったとき、結婚するという夢を手放せば楽になるかもしれませんが、それはそれで辛いと感じる人もいそうです。その場合、夢を持つのか手放すのか迷ってしまいそうです…。

水野:結婚してもしなくてもいいし、「結婚なんて意味がない」という人もいれば「いやいや結婚は素晴らしい一面もある」という人もいるでしょう。そのときの自分の周りのコミュニティによっても考え方に偏りがあったりしますが、ただ「めちゃくちゃ結婚したい!」と思っている人に「結婚なんて…」というのは違いますよね。また、頑張ってみたものの何か違和感を覚えて結婚をしなかった人が負けなのかというとそれも違うと思うんです。

 もし、結婚に向けて努力することがむちゃくちゃ苦しくなっていて、それが自分を幸せにしていないと思いながらも、周りの目とか親に言われるから頑張らなきゃと思っているとしたら、手放すこともひとつの選択なんですよね。または、本当に結婚したいと思っていても、自分は無理だとか自己肯定感が低くてモヤモヤしている人も、手放しても突き進んでもどちらもありだと思います。

 頑張った、葛藤した、結果的にトライしたけれどやめてしまったときに、その苦しみを乗り越えるための選択肢があってもいいのかなと思うんですよ。結婚する・しないを選ぶということよりも、どっちを選んでも幸せだし、どっちにも苦しみはあるという風に僕は感じています。

高い丘を登るには低い谷を見ることも必要

――夢を持っても手放しても、どちらを選んでも幸せも苦しみもありますか。

水野:たとえばホーキングという人が宇宙を語ったときに、宇宙って一番始めは平面だったみたいなんですよね。その平面を折り曲げて丘を作るとなったとき、丘ができるということは必然的に谷もできるんですよ。

 夢を叶えることが高い丘を登るものだとしたら、高い丘を登れば登るほど、より低い闇を見ないといけない。丘も谷も両方必要なんです。

 高い丘に登ったら綺麗な場所があって、そこだけが幸せになれると考えるのも思い込みで、それは高い丘を目指して登り続けた僕が幸せになってなきゃおかしいですから。

 または、高い丘を登ってもその分谷が100%あるなら頑張れないという人も、谷は谷で困難はおきますよ。だから丘を登っても登らなくてもどちらを選んでもいい、どっちを選んでも幸せだし苦しみもあると思うんです。

 結婚しなきゃ幸せになれないと思っている人は、丘ばかり見て谷を見ていないから、めちゃくちゃ子育てが大変だということをあまり意識していないのかもしれません。


やりきったから手放せる

――場合によっては、夢を持つより手放すことの方が難しいときもありそうですが、水野さんは夢を持って進む一方、どうやって夢を手放してきましたか。

水野:僕の場合はたとえば冒頭でお話ししたドラマの打ち上げで居場所がなかったときも、もし僕がJ・K・ローリングみたいに有名だったら、全然空気が違っただろうなぁって思うんです。そういう意味ではもっと有名になるという欲求がないわけではないし、突き進む人生もあったかもしれません。でもそれって自分じゃないなって思って。僕のテーマは現代社会によって惨めさを味わっている人を癒したり救っていくということなんです。その軸から整合性が取れなくなったときは、手放してきたと思います。

――自分の軸に合わないものは手放す?

水野:内容によりますよね。あとは、本が売れて嘘抜きでどんどん自分を上げていこうとしていたときに、当時女優さんとご飯を食べに行く企画シリーズの依頼を頂いたんです。もっと上! もっと上! と意識していたときの依頼だったので引き受けたものの、僕、女優さんとご飯を食べると“会食恐怖”というメンタルの病気で吐きそうになってしまうんですよ。そこで僕が考えたのは、急遽スポーツトレーナーを付けること。なぜスポーツトレーナーかというと、女優さんとご飯を食べる時間ってスポーツと近いと思っていて、スポーツってずっと練習できるけれど、本番は10秒で結果出さないといけなくて、緊張したら終わりなんですよ。同じように書くことにおいては延々努力ができますが、女優さんとのご飯は1時間で結果を出さなきゃならず、その時間で吐くとか致命的だし、短時間で結果を出すことってスポーツと一緒だと思ったんです。

 結果的にスポーツトレーナーを付けてメンタルを整えたり、女優さんと行くには有名なレストランや導線も考えたりと、世の中が良かれと思うことに無理して自分を合わせていきましたが正直疲れちゃって…。元々そういったことが得意じゃないんでしょうね。

 その後、最近は自宅生活が増えたので、たこ焼き器を買ってレシピも凝って家で作ってみたんですけど、こんなうまい食べ物はないな! って思ったんですよ。今まで僕が3万円とか5万円払って食べてきたものと、このたこ焼きを比べたら絶対勝ってる! これだったんだなぁ…と。たこ焼きを食べながら、食べ物に関してエンドロールが流れているような感じで、俺はこの山を登り切ったんだって思いましたね。

――夢を手放すにはやりきることも大事なんですね。

水野:そうなんです。やりきることってすごく大事です! ただ、ホントはやめたいのに、ずっと無理やりやらされているようなものであれば、それはそれで違うと思うし、選択肢はひとつじゃないんですよね。

 また、夢全般に言えることですが、一度手放しても気持ちが変わったらまた戻ってきていいと思っています。夢から降りたら戻れないという恐怖が、また夢という“競技”に強制参加をさせてしまいがちですが、本質的にはどっちでも大丈夫だし、自分が思いこんでいる固定観念のようなものを崩してあげるのも大切ですよね。


――ご著書には「他者を受け入れる」というお話もあって、相手の背景を想像したり、誰でも赤ちゃんから生まれてみんなに愛されて育ってきたことを想像すると、穏やかな気持ちになるとあります。しかし、たとえば苦手なAさんから職場でガツンと言われても穏やかな気持ちは保てるものなのでしょうか。

水野:なんだよって思いますよね。そう思うのは自然だと思うし僕はそれでいいと思うんですよ。イラっときても、でも前よりは少し優しくなれていたり、ちょっと気にならなくなっていたり、完全に問題をなくしてしまうっていうこと自体がさっきお話しした、「そうじゃなきゃダメだ」っていう基準に合わせていくことになるんですよね。お金持ってなきゃダメだとか、人から認められないとダメだっていう世界観だと思うんです。

 穏やかに保つつもりがやっぱり許せんとなって転職してもいいし、見返すっていう感情を持ってもいいと思います。ただ、それをもっともっと柔らかくしたり薄めたりしていく方法がこの本には書いてあって、それもまた可能だよというイメージでお伝えできたらと思います。

水野敬也 プロフィール
1976年愛知県生まれ。慶応義塾大学経済学部卒。デビュー作『ウケる技術』(共著)が25万部のベストセラーに。代表作『夢をかなえるゾウ』はシリーズ400万部を超え、現在も版を重ねている。シリーズ4作目となる本作は、避けては通ることのできない「死」をあつかい、人生における成功とはなにかという領域に踏み込んだ、今までの集大成ともいえる1作である。

文・写真=松永怜