私もこんな風に口説かれたい! 人たらしの太宰治が最愛の愛人に告げた蕩けるような文句

文芸・カルチャー

公開日:2020/7/20

『文豪たちの口説き本』(彩図社文芸部:編/彩図社)

 どれだけ好きとか愛しているという言葉を伝えても、その気持ちがそのままの温度で相手の胸に届くことはないのかもしれない…。恋愛中は、そう痛感する。恋は人を不器用、不格好にする。どんな言葉でこの愛を形容すれば、自分の狂おしいほどの気持ちが分かってもらえるのかと悩まされるのだ。
 
 そんな時にぜひ手に取ってもらいたいのが『文豪たちの口説き本』(彩図社文芸部:編/彩図社)。本書に掲載されている、文豪たちが意中の相手や知人らにおくった「口説き文句」から、私たちは「愛」の表現法を知るのだ。

最愛の愛人と入水自殺した太宰治の悲恋

 文豪界きってのモテ男といえば、太宰治だろう。彼の女性遍歴は、自伝的な小説と考えられている『人間失格』からもうかがい知れる。

 太宰は結婚後、妻以外に2人の女性を愛した。ひとりは『斜陽』のもととなる日記を提供した太田静子。2人は、静子が小説の指導を頼んだことを機に恋仲に。妻に疑われながらも関係を続けたが、その後、太宰は美容師の山崎富栄にも夢中になった。富栄に出会った時、太宰は恋の結末を予想させるかのような口説き文句をおくっている。

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“死ぬ気で恋愛してみないか”

 人前では大人しいが、2人きりになると熱烈に太宰を愛した富栄は、時に青酸カリを飲んで自殺すると太宰を脅し、静子との関係を許そうとはしなかった。共に心に闇を抱えていたように思える2人は互いが互いにとって、なくてはならない存在だったのかもしれない。

 関係を深めていく中で、太宰は富栄に対して死にたいと繰り返し、一緒に命を終えようと誘ってもいたそう。

“あと二、三年。一緒に死のうね”

 生に希望を見出せなかった太宰にとっては、共に生きる未来を語るより、死ぬ誓いを立てることが最大の愛情表現だったのかもしれない。一方で太宰は富栄との出会いをこうも表現している。

“僕の晩年は、君に逢えて幸せだったよ”

 生きることに人一倍苦悩してきた太宰が「幸せ」を語ったことから、彼の中で富栄への想いがどれだけ深いものだったのかが見て取れる。不倫は世間からは許されない行為だが、富栄と出会い、一緒に死ぬ約束を交わせたことは太宰にとって「生き続ける理由」になったのかもしれない。

 数多くの女性と恋に落ち、人たらしとしても有名であった太宰がたったひとりの女性と命を懸けた恋をしたこと。その事実から、私たちは誰かを愛することの恐ろしさと素晴らしさを学ぶ。

無骨な男・中原中也の切ない片思い

 そんな太宰が天才と称しながらも苦手意識を持ち続けていたのが、中原中也。中原はやや乱暴な性格であったが、意中の長谷川泰子に対しては自分の恋心をうまく伝えられなかった。

 泰子と中原は一時期同棲していたが2人の生活はうまくいかず、泰子は中原の友人・小林秀雄のもとへ身を寄せてしまう。これにショックを受けた中原は、泰子と小林から距離を置いたが、しばらくすると交流を再開。喧嘩をしながらも泰子を気遣い、愛したという。

 心を許した友人には、泰子への想いをまっすぐに表現することもあった。例えば、彫刻家の高田博厚には泰子への愛の詩をしたためた分厚い原稿を見せている。その際、中原が口にした想いは、不器用だがまっすぐだ。

“これは誰にも見せない、あいつにも見せないんだけど、僕が死んだら、あいつに読ませたいんです”

 また、誰とでも親しくする泰子に「罪」という言葉を使い、苦しい胸の内を伝えてもいたよう。

“お前の無邪気は罪だよ”

 無骨な男の不器用な愛情表現。そこには、愛した女性をなかなか手に入れられなかった悲しみが秘められていた。

 本作はこれらの他にも、萩原朔太郎や石川啄木など計10人の口説き文句を収録。中でも、『羅生門』誕生のきっかけとなった芥川龍之介の失恋話は必見。悩み、憂いながらも誰かを想う文豪たちの姿は、人を愛することの難しさと尊さを教えてくれる。

文=古川諭香

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