トウガラシはなぜ辛い? 言われてみれば気になる謎を解明する刺激的な一冊

食・料理

公開日:2020/7/23

とうがらしの世界
『とうがらしの世界』(松島憲一/講談社)

「カラスはなぜ鳴くのか?」。その問いに新たな視点から斬り込んでいったのは、日本を代表するコメディアンであるケン・シムラ(1950-2020)だった。

 彼の提示した答えが、日本中のチビッ子に支持されたのはすでに歴史上の事実である。しかし一方で、その思考停止とも受け取れる説に対し教育界、主に科学の分野から危機感を表明する声があがったことも、忘れてはならないだろう。

 また筆者のように、当時のチビッ子たちの中にもシムラの答えを受け、「そういえば、カラスはなぜ鳴くのだろう?」という疑問をあらためて抱いた者も、少なからずいたに違いない。科学する心の萌芽である。

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「“なぜ”の謎」を追究し、その答えにつながるヒントを得ることは、本書のような科学系読み物を手に取る愉しみのひとつといえる。

とうがらしの世界
平賀源内によるトウガラシ図鑑「蕃薯譜」より
(出典:本書巻頭口絵i)

 日本におけるトウガラシ研究の第一人者、松島憲一氏(信州大学農学部准教授)が著した『とうがらしの世界』(講談社)は書名のとおり、その起源から伝播、そして世界各地の食文化に根付いた事例の紹介まで、トウガラシの世界をまるごと一冊に凝縮した決定版だ。

 約6000年前には、すでにトウガラシが食用とされていたこと。中南米で生まれたトウガラシが、コロンブスに“発見”されヨーロッパに伝えられたこと。ほぼ同時期の安土桃山時代から江戸時代初頭には日本にも伝来し、そこからほどなく七味唐辛子のような調味料としてひろく親しまれる存在となっていたことなど、読み進めるほどに(トウガラシだけに)刺激的な発見を得ることができる。

とうがらしの世界
(出典:本書巻頭口絵ii~iii)

「ある動物」だけに食べてもらうように、あえて辛みを強くしたという説も!?

 なかでも「カラスはなぜ鳴くのか?」に匹敵する問答となっているのが、「トウガラシはなぜ辛いのか?」に関する考察だ。

 トウガラシの成分を活かした虫除けスプレーが販売されていたり、米びつにトウガラシを入れておく習慣があったりすることから、昆虫や動物から身を守るために辛みを身につけたのでは? という程度の考察は素人にもできるだろう。実際、この説もひとつの“答え”ではあるという。

 しかし本書を読めば、トウガラシが辛みを身につけていく過程には、さらに奥深い生存戦略が隠されていた可能性があることがわかる。なんと自分の種をなるべく遠くまで運んでもらうため、特定の動物の嗜好にあわせ、あえて辛み磨いていったというのだ。

 より正確にいえば、その動物が辛みを好むのではなく、むしろ辛みに対して鈍感なため、他の昆虫や動物が避ける辛いトウガラシを進んで食べてしまうのだとか。「美味しくなる」あるいは「不味くなる」という単純さではなく、よりピンポイントにターゲットを絞るための進化。生物の本能とはいえ、その優れた策略に脱帽せずにはいられない。

 もちろん「なぜ辛いのか?」なんて考えなくても、トウガラシは辛いし旨い。第4次激辛ブームが到来中ともいわれる昨今、その辛さに疑問を抱きつつトウガラシを食べている人も、ごく少数だろう。

 しかし、カラスが鳴くのにも理由があるように、トウガラシが辛いのにも理由がある。その謎に興味を持つことで、トウガラシを一層美味しくいただけるようになるかは知らないが、カプサイシン以上の刺激を、心と脳に与えることができるのではないか。この記事を読み、トウガラシに興味を持った人が、『とうがらしの世界』を手に取ってもらえれば幸いである。

 あと、カラスがなぜ鳴くのか、その謎を解き明かす良書があれば、ぜひ教えていただきたいものですね(結局調べてない)。

文=石井敏郎